第158話:君のパンツ、いいね。
[ 日本語雑話:アクセント ]
古典の助動詞には「強意」という用法があって、これを生徒に質問すると、わが静岡県でも静岡県東部(例えば三島)の出身の先生に教わった生徒は「キョウイ」(オチバと同じアクセント)と答えるのに、静岡県中部以西の先生に教わった生徒は「キョウイ」(スミレと同じアクセント)と答えます。
ご存知の方も多いと思いますが、アクセントは富士川で分かれる・・その典型的な例だなあといつも面白く思っています。
そんな「キョウイ」の話の続きで、黒板に
今日の君のパンツ、いいねえ
と書いて「これを読んでごらん」と言うと、生徒は「何を血迷ったか、このジジイ」という顔をするのですが、
「『パンツ』を想像したろうが、そうじゃない。『パンツ』だよ」と言うと、「ああそうか」という顔をします。
パンツは下着ですが、パンツはズボンのことですね。
こんなふうに、初めは「パンツ」であったものが、「パンツ」とアクセントを変える、これをアクセントの平板化と言い、その異なる二つのアクセントの語が、それぞれ別のモノを表すようになる例があります。
ちょっと国語の「お勉強」のようになりますが、日本語は高低アクセントと呼ばれ、音の高低で一語のアクセントが作られています。
アクセントのタイプは下がる部分を持つか持たないかで大きく二つに分けられます。
例えば「ヒマワリ」では「マ」から「ワ」で下がります。これを起伏型と呼びます。また例えば「トモダチ」ということばでは、「モ」で一度上がってそのまま下がりません。このようなものを平板型と言います。
アクセントの平板化とは、「パンツ」と「パンツ」のように、例えば「ファイル」という本来起伏型であるアクセントが、「ファイル」と平板型で発音される現象で、これ自体は以前からあったものですが、近年著しい傾向として注目されています。
もともと慣れ親しむとそのことばは平板化する性質がありますが、いま挙げた「ファイル」のようにそれを頻繁に使う人たちの間でよく平板化が起きると言われています。
例えばこれは「専門家アクセント」とか「仲間うちアクセント」とか呼ばれたりしますが、音楽をやる人が、「ドラム」を「ドラム」、「ギター」を「ギター」と平板に発音する類です。プログラマーの「データ」、ライダーたちの「バイク」など枚挙に暇がありません。
これらはその集団特有のアクセントとして、その集団内で、その集団への帰属感と結びついて使われるわけですが、「新しい」「かっこいい」という感覚、あるいは楽な口当たりのよさも手伝って、集団を越えて一般化し、若者を中心にどんどん広まる傾向にあるわけです。
また、平板化の進行の過程で意味によって起伏型と平板型のアクセントが使い分けられる現象も生じています。「ショップ」は店屋、「ショップ」はおしゃれな若者向け洋装店といった具合です。先程の「パンツ」と「パンツ」がまさにそれです。
ちなみに、若い女性にとって、「カレシ」は男友達、「カレシ」は本命だということなのですが、本当でしょうか。
こうした背景の中で生まれた代表格の言葉と言えるのが、「サポーター」と「サポーター」という言い分けでしょう。
「サポーター」ということばは、もともとの「バンド」「支援者」という意味であったのですが、今ではすっかりサッカーの「ファン」という意味が優勢です。
このアクセントを伴ったサポーターが登場するのは、1993年のJリーグの開幕と期を一にしています。『知恵蔵』(1994年版)に
とありますが、1993年には流行語大賞の新語部門金賞を取り、『知恵蔵』『現代用語の基礎知識』とも1994年版からこの意味を記載しています。
「サポーター」が、いつ、どのように平板化されたかを具体的に証言する資料となかなか出合えませんでしたが、日経新聞1996.6.8夕刊の記事に次のように書かれています。
この記事からすると自然発生的に若者の間で起こったアクセントを放送界が追認する形で中継や報道に使い、それによって一気に広まり、定着したと考えるのが自然であると思われます。
ちなみに記事の中に出ているNHKのアクセント辞典は85年版のもので、先に書いたように改訂された98年版から「サポーター」は採用されています。「カレシ」「ショップ」などは98年版でも採用しておらず、「サポーター」は既に市民権を認められたとかたちになっていると言えます。
サッカーで言えば、Jリーグ開幕当初、「ジュビロ磐田」の「磐田」を「イワタ」と言うか「イワタ」と言うかが問題になったようですが、これはまた別の機会に。
■土竜のひとりごと:第158話