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第81話:市民劇場

*これは別話の中にそのまま挿入、編集しています。
→よろしければ、同じNOの第81話「話し合うということ」をご覧ください。


就職してからしばらくの間、市民劇場という演劇を扱う団体にボランティアで参加していて、夜になると事務所に出掛けて行っては仕事をしていた。

集まる人は会社員、大工さん、教員、ペンキ屋さん、主婦など、種々様々であったが、三々五々集まっては芝居の話をしたり、パンフや機関紙を作ったり、夜中の街をまわってポスターを貼ったり、時には酒を飲み、キャンプに行ったりと楽しく過ごした。

僕は企画部という部署に所属していたが、2カ月に一度の例会に取り上げる作品を決め、芝居についての資料を作り、合評会をもって劇評を書くというのが一連の仕事だった。

どの芝居を呼ぶかは市民劇場にとって大切なことであり、脚本を読んだり、あちこちと出掛けて行っては芝居を見たりなどしたが、候補作品に対して会員にアンケートを取り、サークルの代表者会議をもって決定して行くというのが基本的な仕組みだった。

そんな仕事をし始めたころ、アンケートの結果の多い順に例会作品に取り挙げれば良いと考えていた僕らに運営委員長がこう言った。

数は確かに会員の意志の反映ではあるが、それが全てではない。有名俳優が出る話題作でなくても、いい作品はたくさんある。楽しいものだけでなく、人生や社会について問う作品も例会の作品に混ぜて紹介したいし、小さくても頑張っている劇団も応援したい。そういうことまで考え、資料を整えた上で話し合って決めるのが活動の基本だ。数で判断するなら話し合いは要らない、と。

運営委員長は小野さんと言ったが、東北から静岡へ集団就職。以来、仕事をする中で芝居と出会い、ずっと食うや食わずの苦しい生活の中で市民劇場を支えて来た。穏やかで口数も少ない人だったが、はっきりとした活動の理想を持ち、それを集まっている人を大切にしながら現実のものにしようとしていた。

そういう人柄、情熱に牽かれ、誰もが理屈としては分かっているのにやろうとしはしない理念が、ここでは生きていて、自然にみんなの手で行われていることが新鮮で、夜の仕事との両立はそれなりに大変な日々だったが、楽しく充実した時を過ごさせてもらった。

そんな話を学校に「演劇」の上演を営業に来る劇団の若い人に話してみたこともある。その人はそういうことを講義で「勉強」したことがあると言った。

蛇足かもしれない。市民劇場の前身は「労演」(労働者演劇協議会)、「労働組合」が次第に忌避される世情の流れがあったのか、「市民劇場」と名称変更され、その「市民劇場」も僕の住む地域では会員数を減らし、力を衰えさせつつある。優先されるのは「理念」よりも、商業主義の「利益」。
演劇だけではない。「労組」が次第に力を失い、「連合」となった。寡聞にして連合がどのくらい力を持っているのかは知らない。ただ、勤務時間や俸給が、労働者の権利として勝ち取られるのではなく、国の施策としてトップダウンされるようになった印象がある。

僕は、思想傾向がどうこうということではなく、この話で紹介したような「理念」や「人とのつながり」を大事にする考え方が失われていくことが寂しい気がして、今回はこんな話を書いてみた。


■土竜のひとりごと:第81話

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