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第132話:宝くじ

人間には「意志の力では克服できない」ことがある。
そんなことを言うと、カミさんはすぐに「また何かの言い訳?」と嫌な顔をするわけだが、そんな下劣な勘ぐりに走らずに、崇高で哲学的な思いを持って読み進めていただきたい。

例えばこんな問を発してみたい。
あなたは嘗め始めたアメを最後まで噛まずに嘗め切ることができるか?

また、これはどうか。
擦りむいたあとにできたカサブタをいじらすに、自然と治るまでじっと見守っていられるか?

強靱な意志を持つ僕にしてもこれらはどうしてもできないことであって、アメは必ず途中でガリガリと噛んでしまうし、カサブタは必ず途中でむいてしまい、かえって治りを遅くしてしまう。
「今度は最後まで絶対」と決意して挑戦してみても、やはり無駄であった。だから、人生には「どうしてもできない」ことが確実にあるのである。

教師や坊さんは強い意志.があれば何でも克服できると教えるが、あれは嘘。何もが自分の意志で何とかできると思わない方がいい。それは「著り」であって、神様は人間を弱いものとして創造したのだとということを自分の出発点にすべきなのである。
やむにやまれず弱さに惑い、その結果、無惨な失敗を繰り返すことは多々あるのであって、だからこそ人生には味があると言えるのである。

そんなわけで僕は数多の意志では克服不能なことと共に生きているのだが、そのひとつに宝くじがあって、当たりもしないのに毎回、宝くじを買わずにはいられない。

当たるかと言えば、当たらない。3百円は当たる。でもこれは当たったとは言えない。過去に高額と言えば、1万円が1回、5万円が1回当たった。それが最高である。5万円当たればすごいと思うかもしれないが、焼け石。
完全なる宝くじ事業への協力者となり果てている。救急車に「宝くじ号」と書かれているのに出会うと、ああ俺でも世の中のためになっていると思ったりもする。

全く不思議だと思うのは、絶対当たるはずもないのに、買ってから当選番号の発表があるまでは完全に当たったような気になっていることだ。

これで仕事が辞められる。3億手に入れたら貯金して利子で暮らそう。でもこの低金利時代では難しいか。でも1年に5百万円使っても20年暮らせる。節約すれば一生なんとか生きられる。
それとも大勝負に出ようか。瑚排の飲める図書館は苦しいが、本の読める喫茶店だったら何とかなるかもしれない。それとも濠太剌利に土地を買い、プール付きの家でのんびり暮らすのもいい。あるいはどこかにポーンと寄付をして時の人になろうか。
でもやっぱり、素知らぬ振りで涼しく生きるのがいいな。
『なんかあ~、それってかっこいいじゃん』。
いかん、浮かれてコギャルことばになってしまった。こんなことでは誰かにバレてしまう。どうやって隠そうか。銀行はダメだ。部屋にも置いておけないし、車に積んでおくのも危険。穴を掘って・・。

延々と夢想は続く。

だから外れたときの落胆は大きい。どう考えても当たるはずはないことは分かっているのに、やはり奈落の底に突き落とされたようにがっかりする。口も利けない。人生の希望をすべて奪い取られたような深い嘆きを胸にシオタレて数日を過ごすのである。

そんな僕を見てカミさんは「そんなにお金が欲しいの?」と言うのだが、少ない小遣いにあえぎ、もはや自力で家を建てることもできない僕にとって、他力にすがるしか人生を変えるすべはない。
自分の未来はやや不透明な不安として前に横たわり、同時にこれ以上劇的な何かが人生にはもはや起こりえないという漠然と重い何かが覆い被さってくる。老境の静けさはなく、ただただ忙しい毎日・・。
まさしく現代老人の、これが悲哀というものである。


このあいだ宝くじの発表があって僕は初めてカミさんと共に番号を確認していた。
「あのさ~。例えば5億円が当たったら、僕のものだよね」と言うと、
カミさんは「う~ん」とよどみながら、
「そうかもしれないわね」と言う。
「それ約束だよ」と言うと、
「う~ん、そうだわね」とゴニョゴニョしている。

その時、1万円の番号と手元のくじの番号が一致していたことに気づいた。
「おっと、1万円当たったよ」と言うと、
「すごい。良かったじゃない」と言い、
「それは確実にあなたのものよ」と今度ははっきりと断言する。

続けて「今までそんなの当たったことなかったんじゃない?」と聞くから、
つい「いや、前に5万円当たったことがあるよ」と口を滑らすと、
「えっ、いつ?」とすかさず突っ込んでくる。
「え~¥△★と、何年か前の夏・・」と今度は僕がゴニョゴニョ言うと、
「どうして教えてくれないの。それで、独り占めしたの?」と追求してくるのであった。

どうやら僕のものになるのは1万円が限界であるらしい。
3億円当たってもカミさんには、やはり絶対に内緒にして置かなくてはならない。

■土竜のひとりごと:第132話


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