第183話:カメはウサギを起こすべきだったか
ノアの箱舟・・
国公立入試の二次試験では面接、小論文を課す大学も多いが、医学部や看護学部、教育系の学部ではかなりの大学が面接を課し、それもただ通り一遍の面接ではなく、入試結果からみると、その人となりを相当見ているなあという感がある。学力だけではなく人間性も求められる職業に直結する学部だからだろう。
個別指導ではそうした面接への対策も求められるが、中にはユニークな内容の面接もあって、例えばこんなプレゼンの試験があった。問題自体はうろ覚えで正確ではない。ノアの箱舟をイメージしていただきたい。
という課題。これに15分考えたのち、それについて一人ずつがプレゼンし、その後、ディスカッション、最後に一連の流れを通して自分の考えたことを文章にまとめるというものだった。
これは発想力とか、人前で臆せず話す態度とか、コミュニケーション力とか文章にまとめる力とか様々な要素を総合的に見ようしているのだろう。
どこまで正確にその人物を測れるかは、どんなことをやっても微妙なところはあるが、単に学力だけではなく、発想力や人と関わる力にスポットを当てる考え方は恐らく就職などにおいても増えているのだろうと思う。
プレゼン練習
昨年もその大学のその学部を受験する生徒が指導を受けたいと言ってやってきた。ただ、この種の試験は指導といっても、その場での臨機応変な考えや機転で処理していくものなので、短期間の指導は困難と言えば困難。
一応、ディスカッションのやり取りで大切なことを押さえ、後は題を与えて、15分で考え3分でプレゼンするという練習をひたすら行う。
手始めは、求められる内容とは違うが、志望動機、いじめ、モンスターペアレンツ、不登校、学習障害など、養護教諭として必要な基本を考えさせるために、この種の題で15分考え、3分で話す形を繰り返す。
15分・3分という形式と時間感覚に慣れさせると同時に学校が抱える問題と教員になるということの自覚を確認する。これが第一段階。
第二段階は少し趣を変えて、
など、やや社会的な問題を与えて大雑把に現代社会の問題の根っこにあるものを考えさせる。
今の子供たちが生きている現状を確認しておくことは大事だろうから、クローバル化、情報化社会、格差社会、自由・平等ということなどについて押さえていく。
正解のない問題
それが終わって、第三段階。「正解のない問題」に入っていく。
今年は、昔ばなしから適当に題を作ってみた。ふざけていると思わないでいただきたいが、例えば次のようなものである。
などなど。
昔ばなしの変化
雑感と言えば雑感だが、この桃太郎のエンディングのように、最近では僕らが知っている昔ばなしも時代に合わせて変化しているらしい。
いつだったかNHKで、桃太郎は実は江戸時代までは、川から流れてきた桃を食べて若返ったオジイサンとオバアサンが子供を作ったという話だったと解説されていた。それが明治時代になって学校教育に取り入れられた際に、それでは教育上よろしくないということで、桃から生まれたということにしたらしい。
そんなことも知らないでほとんどの人が桃太郎は桃から生まれたと信じ込んでいる状況はちょっと恐ろしかったりもするのだが、別の見方をすればおもしろいことであるような気もする。
結末を「みんな仲良く」が今の風潮なら、昔の桃太郎は「勧善懲悪」を勧める時代の風潮の反映であるのだろう。
更に例えば、アリとキリギリスは、無論、勤勉を推奨し怠惰を戒めるものであろうが、永六輔氏が生前に
と、皮肉を込めてユーモラスにこの話を作り替えていた。
「過労死」「働き方改革」などというキーワードが飛び交う現代を考える材料としては、キリギリスはそれでいいのかという議論とともに、とてもおもしろい「つくり話」ではないかと思う。
ウサギはカメを起こすべきだったか?
役に立つか立たないかそんなことを話しながら、受験に出発する前日、彼女に最後にこう質問した。
という問である。15分考えて彼女が出した答えは「カメはウサギを起こすべきだった」というもの。
その理由を彼女は次のように説明した。
というものだった。
なるほど、と感心した。
単なる「道徳」や「仲良し理論」を越えて「他者との関係性に目を向ける」、それが現代的な考え方なのかもしれないと思った。
この子は合格するだろうと思ったら、やはり合格した。
■土竜のひとりごと:第183話