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第298話:履歴書

子供が小学生の時、子供に関する書類が必要で学校に行ったのだが、窓口で「お子さんは何年何組ですか?」と聞かれ、「えっ?」と行き詰まった。「それじゃあ担任の先生の名前はわかりますか?」と問われて、「うっ」と頭を抱えた。

普段、教員稼業をしていて子供のことを何も知らない親を「ダメな親だなあ」と思っていたのに、自分が自分の子供のことをまるで知らない親であることに気付かされたのであった。
さらに「何歳ですか?」と問われて、はたと行き詰まった。「何歳か?」という最も基本的な問に愚かにも即答できず窮地に立ったのである。「こいつ、本当に親なのか?」という視線が降り注がれるような気がした。

無能な親に違いない。ただ年齢については言い訳を述べさせて欲しい。無論、誕生日は間違いなく記憶している。しかし、普段から子供を年齢ではなく「小学校○年生」という形で認識をしていて、それがパッと年齢と結びつかなかったのである。愚かな言い訳であろうか。



そんなことを思い出してみたのは、この間、履歴書を書いたからであった。来年度の職を探して職安に通い、ある求人に応募した。
履歴書、職務経歴書、志望理由書・・履歴書など書いたのはひょっとしたら生まれて初めてかもしれない。学生時代のバイトとか教員採用試験とか、書いたかもしれないが既に40年以上前の話であり、記憶にない。

書き始めて「はた」と行き詰まった。

困ったことに、息子のことは愚か、実は自分のこともよくわからなくなっていた。小学校入学から大学卒業までは昭和何年という和暦と結びつけることができたし、就職してからどの学校に何年勤務したかも記憶していた。
ところが、その赴任や離任が何年だったのか全くわからず、さらにそれが何歳の時だったのかもわからない。
昭和、平成、令和が頭の中でぐりぐり回り、西暦での処理を試みるも余計に混乱が発生する始末で放棄したくなった。紙に書き出してみたが、やっぱりこんがらがってうまくいかない。

そこでExcelで「自分の年表」をこしらえてみることにした。

西暦、和暦、年齢、学歴、職歴を並べる。途中からカミさんと子供の年齢も加えた。なかなか素晴らしかった。うろ覚えだった結婚した年とか子供の年齢も一発でわかる。
ただそうしてみた時、「その年」と「事項」の単純な1対1対応は履歴書を書くのに役に立たないことに気づいた。大概の物事の区切りは1月−12月ではなく、4月−3月の年度であったり誕生日であったりするわけで、それとは微妙にズレる。年金のこととか考えるとカミさんの誕生日も考慮しなければならない。
そこで作ったセルをぶち壊して、ポイントになる「月」のセルを各「年」の間に挿入し、再び「事項」を割り付ける。

そんなことはどうでもよいと、お読みになっている方はお思いに違いないが、バカみたいに目をしょぼしょぼさせながら二晩をこれに費やした後、やっと完成を見たのであった。

さらに、これをプリントしても見やすいようにA4サイズに収めるために、セルの幅をぎゅーぎゅーに圧縮すると、縦一列に並んだ年表は22歳でA4の縦をはみ出した。そこで23歳から44歳までを切り取ってその横に貼り付け、さらに残りを切り取ってその横に貼り付けてセルの横の幅を調整すると「年と事項」のセットが三列に並ぶ「僕の年表」がA4サイズにピッタリ収まった。

素晴らしい出来栄えだった。



が、ふと、その年表の最後、三列目のおしまいに目をやると、そこに刻まれていた僕の年齢は66歳で終わっているのに気がついた。
今、63歳なので、何となく「あと3年?」みたいな微妙な気持ちになって、別にA4でなくても「えーよんね」と思い、B4枠なら「ビヨ〜ん」と伸びるだろうと思ってやってみた。

そうするとそのおしまいは、2035年(令和17年)。僕は74歳になっていた。
これは奇しくも父親の亡くなった年齢と一緒だった。「うわ〜、あと11年か。なんかすごく現実っぽくってこれも微妙な感じだ」と思う。

そこで「ええぃ、なむさん」(これは苦しいダジャレだ)と今度はA3の枠で設定してみると、縦に30年、横に四列を取ることができた。
そのおしまいは・・・2081年、なんと120歳だった。

これも微妙だった。



ふと我に返り、気配を感じて振り返ると、猫が「ばっかじゃねーの」って顔をして僕を見ていた。こいつももうあと半年で18歳になる。「そんなことより散歩に行こうぜ」と目が訴えている。

命はそれがある時まで命である。
日々、それを生きることだけが大切。履歴というのは「今日」が作るのであって、先を先を生きることだけが大事なのではない。

と、猫が言っているような気がした。



かような格闘を経て、履歴書はついに完成を見た。
さて、明後日、応募先の面接がある。
63歳(2月で64歳)での求職。年齢不問と求職票に書彼ていても連絡を取ると年齢で断られ、既に応募の段階で二つが没になっている。
受けないギャグをそれでも言い続ける根性なら誰にも負けないのだが・・。



■土竜のひとりごと:第298話

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