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泣き虫トマト

恋人は一人っ子だ。

シングルマザーだったお母様の仕事は忙しく、夏休みはお婆様のいる田舎に”避暑”させられていたらしい。

年の近い従兄弟たちがいるそこは、彼にとっては毎日がお祭りで、海で山で畑でと走り回って遊んでいたという。真っ黒に日焼けして、まるでずっとそこで暮らしている子みたいに。

「お盆になるとおかんが墓参りがてら迎えにくるねん。俺はもう帰るのが嫌で嫌で。」

泣き虫だった恋人は毎年号泣したらしい。帰るのが嫌で、楽しい夏が終わってしまうのが嫌で嫌で。

「一ヶ月もお母さんと離れていたのに?」

「東京にだってお友だちはいたでしょう?」

迎えにいった一人息子に嫌だといって泣かれたら、お母様も切ないなぁと私がいうと、

「嫌やったわー」と顔をしかめて再び恋人がいう。

従兄弟の畑から頂いた真っ赤なトマトをかじりながら、

「俺は田舎が好きやから」

と、大人になった彼は

何故か自慢げに結論づけた。



#旅する日本語 #六月柿

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そら
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