【#17】連載小説 『 美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第4章 「おそいけど、おそくない。」4話)
「ねえ、あーちゃんは?」
末継もいなかったので、あーちゃんも一緒に帰ったのかな…と思いつつ、坂本は隣にいた新城に聞いてみた。
「オーナーもいないなら、一緒じゃないっすか?」
「そっか…そうだよね」
「おっ!リーチだ」
新城が言うと、「私もーっ!」と、荒井が叫んだ。
坂本はそれでも何となく気になり、末継の携帯に電話してみた。
「…出ない」
そっと席を立ち、入り口のドアを開け通りに出てみる。真冬なので日暮れが早く、五時台だったが外はもう暗かった。
坂本は通りを見渡してみたが、あーちゃんや末継の姿は無かった。
クリスマスシーズンは、小さな町の小さな商店街でもイルミネーションが華やかだ。商店街全体では街灯に小さな飾りをつけ、入り口に大きめのツリーを置いているだけだったが、それぞれの店で工夫を凝らして飾りつけをしている。
ゴテゴテして、あまりセンスが良いとは言えない店もあったが、それも含めて坂本は結構気に入っていた。
いつもなら気分が上がるのだが、今は坂本にはそんな光景も目に入らなかった。
「あれ?開いてる…」
見ると、地下倉庫のシャッターが少しだけ開いていて、そこから微かに明かりが漏れていた。
さっきヨアケに来たときは、確かに閉まっていたはずだった。
(誰か、何か探しにいってるのかな…?)
パーティーの途中に…?でも末継とあーちゃん以外、みんなビンゴ大会に参加しているはずだ。
坂本は少し迷ったが、シャッターを開け、地下倉庫に降りていった。
*
「あれ?このワンピースって…誰の!?」
午後、研修を終えてヨアケに来た時、休憩室に掛けられていたワンピースを見た坂本が言った。
それは赤と紺のタータンチェックの柄で、暖かそうなフランネルの生地で出来ていた。
「ああ、これですか?あーちゃんのです!僕が用意したチョコレートケーキのドレスに着替えたんですよぉー!見ました?!めっちゃ可愛いでしょ?」
ちょうど休憩室にいた吉祥寺が答えた。
「ああ、うん…」
坂本は上の空で答えた。
このワンピースには見覚えがあった。小さい頃大事にしていたものと、とてもよく似ていた。
坂本は小さい頃は兄のお下がりをいつも着せられていて、端正な顔立ちから男の子に間違えられることもよくあった。そのため父親が可愛い海外製ワンピースを会社の上司からもらってきた時は、飛び上がって喜んだ。
成長し、少し小さくなっても着続けていて、近所の年下の女の子にあげるという案が出た時は、慌てて自室の押し入れの奥に隠した。
あるとき、うっかり公園の植え込みに引っ掛け、スカート部分が破けてしまった。
坂本があまりにも泣き止まないので、母が似たような生地を買ってきて継ぎ当てをしてくれた。
それから数日後のある日。学校から帰ってくると、叔母が突然部屋に来た。
「はいこれ!新しいの買ってきてあげたわよ~!」
渡された袋を開けてみると、坂本の嫌いな配色のチェックのワンピースが入っていた。
ワンピースが干してあるのを見て、叔母が、
「継ぎ当てまでして着るなんて、まぁみっともない!ご近所に恥ずかしいじゃない!」
と言って勝手に捨ててしまい、デパートで質は良いが似ても似つかないワンピースを買ってきたのだった。
叔母にとっての世界の全ては「ご近所」だった。
坂本は無言でそれを受け取り、叔母の目前で部屋の引き戸を閉めた。
しばらくして叔母が、台所で母親に向って、
「亜里沙ったら、せっかく新しいワンピース買ってきてあげたのにさ、お礼も言わないし、全然喜ばないのよ。どうしてかしらねぇ、嫌な子!あれじゃ将来人に好かれないわよ~、可哀そうに。あんたが甘やかすからじゃないの?もっといろいろ言ってやったほうがいいわよ~そのほうがあの子のためなんだから~」
と早口で言っているのが聞こえた。
結局坂本は、一度もそのワンピースに袖を通すことはなかった。母が叔母に気を遣って、着てくれるように何度も懇願してきたが、こればかりは聞くことは出来なかった。
吉祥寺が行ってしまい、休憩室には坂本一人になった。
「これ…ほんと似てる…」
そういって、そっと触ってみた。遠い記憶の、生地の手触りと一緒だった。そういえば、このあたりが裂けちゃったんだったな…と思いながら見てみて、坂本は驚いた。
「えっ?!うそ…」
記憶と同じところに継ぎ当てがしてあった。まさかと思い、裏のタグのところを見てみる。
「…わ、私の…?!え?!」
そこには「アリサ」と、カタカナで刺繍がしてあった。
海外製のためかペンで名前を書ける場所がなく、母親が刺繍してくれたのだった。
(なんで?!どうしてあーちゃんが私の…?あれって、叔母さんが捨てたんじゃなかったの?!)
坂本がパニックになっていると休憩室の引き戸が開き、新城が顔を出した。
「もうそろそろ始めるそうですよー。……あれ?店長、何かありました?」
「あ…いや、べ、別に何も。すぐ行くね」
坂本は最後にワンピースにちらりと目をやってから、休憩室を出た。
*
坂本はシャッターを開けて地下倉庫の階段を降り、半開きになっていたドアをそっと押し開けた。
辺りはしんとして、人の気配は無いように思えた。
「えーと、あの…誰かいる?」
恐る恐る声を掛けながらゆっくり歩く。
(やっぱりウイッグ、怖すぎる…!)
棚に並んでこちらを見ている生首は、やはり何度見ても慣れなかった。
(今度後ろ向きに置きなおそう…あっでも、ひとりでに振り返ったりしたら…!!)
坂本は余計なことまで考えて、自分を追い込んでしまった。
「誰かー…いるのかな?………ひっ!!!!」
奥にあるアンティークのチェストの近くまできたとき、この間からチカチカと点滅していた蛍光灯が遂に切れ、辺りが暗くなってしまった。
坂本は息を飲み、その場に固まった。
しかしすぐに目が慣れ、しかも半地下の地上部分の小窓から外の明かりが入ってきているのに気が付いて、少し気持ちが落ち着いてきた。
(別に、ただの倉庫だし!)
元来、気が強いのであまり怖がっているのも負けた気がして、背筋をしゃんと伸ばして気合を入れると、もう一度探し始めた。
(明日、角のところの電気屋さんに電話して来てもらわなきゃ…)
そういえば商店街の電気屋さんは何時から開いてるんだっけ…?などど、今考えなくても良いことが頭をよぎる。
どうしてわざわざ倉庫に一人で来る気になったのか、誰かに声を掛けて、一緒に来てもらっても良かったはずなのに…と、坂本は今更ながら思った。
小窓からスポットライトのように外の光が差し込んで、奥にあるチェストとスタイリングチェアを照らしていた。
そしてそのとき坂本は、明かりの下に誰かいることに気が付いた。
「だっ……?!だ、誰?!……あーちゃん?!」
椅子の上には前に倉庫で見たときと同じように、あーちゃんが耳をふさいで小さくなっていた。さっき休憩室に掛けてあった、タータンチェックのワンピースを着ている。
そしてその横には坂本の良く知る、二人の女性が立っていた。
(第4章 5に続く)
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