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【#3】 連載小説 『 美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第1章 「毛玉セーターの佐藤さん」第3話)

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あらすじと、前回までの話はこちらです。




《ねえ、どうしたの?麻衣?》

「あ、絵美ごめん、もう着くから切るね」

《麻衣?》


小さな公園なので十メートルくらい先にいたのだが、佐藤さんは麻衣に気付かなかった。
佐藤さんは一人ではなく、ヤンキー風の男女と一緒だった。二人とも真っ白でぶかぶかなジャージを来ていて、髪は金髪だった。
二人は佐藤さんと向かい合って立っていて、異様な雰囲気が漂っていた。

「ジジぃてめえ、ざけんじゃねえよ。何回も来んじゃねえよ!」

男が叫んだ。

「…娘と別れなさい」

佐藤さんは男の顔を見据えながら、しっかりした声で言った。

「うるせぇ、ジジぃ!」

男は佐藤さんを蹴飛ばした。
男との体格差はかなりあったので、佐藤さんはあっけなく地面にひっくり返った。麻衣は息を飲んだが、駆け寄ろうにも怖くて体が硬直してしまった。

もしかして、あれがいつも言っていた娘の理恵さん…?と、麻衣は思った。けれど、自分に似ている感じはあまりしなかった。

「ったく、てめぇ懲りてねえのかよ!」

「…娘と、別れなさい」

佐藤さんは蹴られたお腹を押さえ、起き上がりながら言った。服には地面に落ちていた草が絡みついていた。

「しつけえんだよ!ゾンビかてめえは!死ねっ!」

男はもう一度佐藤さんを蹴った。佐藤さんはウウ、と呻きながら地面にうずくまってしまった。するとそれまで口を開かなかった娘が、佐藤さんを見下ろしながら言った。

「…てめえなんて父親じゃねえよ。しょっちゅう来やがってさぁ、目障りなんだよ!二度と来んな!こんなもんいらねえよ!」

娘は手に持っていた紙袋を佐藤さんに投げつけると、公園から出て行ってしまった。男も後を追って出てきた。

「おいテメぇ、なに見てんだよ!」

これは公園の入り口に立っていた麻衣に、男から向けられた言葉だった。麻衣は怖くなって、その場から逃げ出した。


「麻衣?!どうしたの?迷ったの?」

アパートまで一目散に走りインターフォンを押すと、絵美が心配顔で出てきた。

「あの…ちょっとさ、そこで、ケンカ、見ちゃって…」

麻衣は、肩で息をしながら言った。

「えー!そうだったんだ、この辺よくあんのよね~絶対関わっちゃダメだよ。マジで巻き込まれなくて良かった!ほら、早く入んなよ」

「うん…あ、これお土産のプリン。あの、でもさ、ちょっと忘れ物したから公園まで戻るね」

「え?公園?なんで?危なくない?なに忘れたの?」

「うん、もういないと思うから大丈夫!すぐ戻るから!」

麻衣は公園まで駆け出した。
怒鳴られて怖くなり、佐藤さんを助けなかったことを激しく後悔していた。
夜中に来店したとき追い返してしまった負い目もあるのか、自分でもよく分からなかった。

しかし戻ってみると佐藤さんの姿は無く、近くの路地をのぞいてみたりしたが、もうどこかに行ってしまったようだった。
とりあえず大丈夫だったのかも、と、麻衣は少し安心した。

ふと見ると、さっき娘が父親に投げつけた紙袋が地面に落ちていた。
拾って中を見てみると、キティちゃんの顔の形の小さなポーチが入っていた。そういえば娘はさっき、キティちゃんの柄が入ったピンクの長財布を持っていた。
麻衣は袋に付いた砂を払い落とすと、近くのベンチの上にそっと置いて、公園を後にした。

「娘とは仲が良くてねえ。時々お茶を飲んだりするんだよ」

と、よく言っていた佐藤さんの声が、それからしばらく麻衣の頭を離れなかった。


***


十一月のある日、麻衣は再び絵美の家に遊びに来ていた。スタイリスト試験に合格したので、そのお祝いをしてくれる、というからだった。
佐藤さんが姿を現さなくなってから半年ほど過ぎようとしていたが、麻衣も自分のことで忙しく、あまり考えることも無くなっていた。

「あー!やっちゃったー、ネギ買うの忘れたー」

さっきから忙しそうに野菜を切っていた絵美が言った。他の友達も呼んで鍋パーティーをしよう、ということになっていた。

「やっぱ、鍋にはネギがないとねー、ごめん麻衣、みんな来る前に買ってきてくんない?」

「いいよー」

「ありがとー!」

麻衣は財布とスマホだけ持って外に出た。暖かい部屋にいたので、外の寒さは肌に刺さるようだった。
肩をこわばらせ、さむさむさむっ!とつぶやきながら小走りで近くのスーパーに向かった。

そして以前、佐藤さんを見かけた小さな公園の前を通りかかったときだった。ジャージにフリース姿、金髪の男女が目に入った。二人は公園のブランコに並んで座って、なにやら話しているようだった。

(あれ?…あの子もしかして…)

「テメぇ、ざけんじゃねえよ!」


服装や髪型があまり変わっていなかったので、すぐに佐藤さんの娘の理恵と、その彼氏だとわかった。
叫んだのは彼氏で、二人は言い争っているようだった。

「そっちこそ、ふ、ふざけんな!」

理恵は髪を振り乱し、涙声で言った。

「てめえなんて、もう用無しなんだよ。死ね!」

彼氏は叫ぶと、理恵の肩を小突いた。ブランコが揺れ、理恵が立ち上がって言い返した。

「な、なんだよ!てめぇこそ死ね!」

「うるせえ、とっとと失せろ!」

彼氏も勢いよく立ち上がりながら叫んだ。

「こっちから、で、出てってやるよ!」

その途端、彼氏がわき腹を蹴ったので、理恵は倒れてしまった。地面にうずくまる理恵に、彼氏は一言「うぜぇ」と言って唾をぺっと吐いた。そしてそのまま、公園から出て行ってしまった。

理恵はすぐに起き上がり、一瞬追いかけるようなしぐさを見せたが、結局その場にしゃがみ込んでしまった。
ブランコが、キイキイ音を立てながら揺れていた。


麻衣は少し迷ったが、理恵に恐る恐る近付いた。

「あの…大丈夫ですか?」

「あ?!なんだよてめえ、うるせえ!見てんじゃねえよ…」

そう言いながらも理恵は泣き出した。立ち上がろうともせず、大きな声で泣いたので、通りすがった人が、麻衣と理恵を好奇の目で見ていた。

「…とにかく、ベンチに座ろう」

麻衣は理恵の腕をとり、立ち上がらせた。意外にも理恵は抵抗せず、素直に従った。
麻衣も横に並んで座った。

「あの…あなた、佐藤理恵さん?」

「えっ?は?なんで知ってんだよ」

理恵は驚いて涙に濡れた顔を上げた。近くで見ると理恵は佐藤さんに良く似ていた。まだ幼さが残る顔には、殴られたようなアザがあった。

麻衣は、お父さんが自分の美容室のお客さんであること、以前この公園に三人でいるところを見たことなどを、簡単に話した。理恵は黙って聞いていた。

「うちのお父さんは、あたしが中二のとき出てったんだよ」

理恵はポツリポツリと、自分のことを話し始めた。

「お母さんとケンカばかりしててさ、パチンコ行くって行ったまま、音信不通。だから東京でいきなり会いに来たって、今さら何だよ?って感じで、ムカつくだけだった」

理恵は、傷んでバサバサになった金髪をいじりながら言った。

「彼氏と同棲してるアパート、なんでかわかんねぇけど見つけたみたいでさ。初めて来たときは、怒鳴り散らして追い返してやったんだよ。
でも月一くらいで家んち見にきてたみたいでさ、ドアの外から “ 理恵いるのか ” とか言って。まあ、そんなの無視だけどね」

麻衣は、佐藤さんが月に一度の頻度で「ヨアケ」にやってきたこと、娘と似ている、というだけで麻衣を指名してきた理由が、少し分かったような気がした。

「…お父さんはアタシが彼氏に殴られてんの、知ってたのかもしれない」

理恵はポツリと言った。

「お父さんがあんまりしつこいから彼氏が怒りまくってさ、あたしに手紙書かせて、ドアの前に置いたんだよ。話しがあるから夜中の十二時に公園で待ってます、みたいな。
そんでバカみたいに騙されて来たお父さんをボコったんだよ」

「ちょっと待って、それっていつのこと?」

「は?それ聞いてどうすんの?」

「とにかく、いいから教えてよ。」

「えと…夏より前だったかも…あ、そうだ、スマホみれば分かるよ。次の日友達とピューロランド行ったから…」

理恵はずっと握りしめていたピンクのスマホを開いた。本体の二倍の大きさはあるキティちゃんのぬいぐるみストラップが付いていた。


「あ、あった。六月十六日だから、前の日の十五日。…でもさ、何でそんなこと知りたいんだよ?」

「やっぱり!あの日だ…」

その日はたまたま麻衣の誕生日だった。誕生日なのに独り淋しく店で練習なんて…と思ったので、覚えていたのだった。

「その日ね…」

麻衣は夜の十時過ぎに、佐藤さんが突然美容室に来たことを話した。

「あんなウソ手紙に騙されてさ…美容院まで行ってさ…バッカじゃねえの」

理恵は小さな声で言った。

「でも…。佐藤さんあのとき、娘の彼氏に呼び出されたって言ってたよ」

「は?じゃあ、手紙彼氏が書いたって分かってたんじゃん!それなのにわざわざボコられに来たなんてさ、意味わかんねぇ、ヘンなの、バッカじゃねぇの…」

理恵の声はだんだん涙声になって、再びポロポロと泣き出した。

「あのさ…」

麻衣は言った。

「佐藤さんは、娘とは仲良しでよくお茶するって、私には言ってたよ」

「はあ?お茶なんてしたことねぇよ。な、なんでそんな嘘つくんだろ。…ほんとバッカじゃねぇの…」

「でも来る度にそう言ってたよ。この間も一緒に買い物行ったんだ、とか…。娘はキティちゃんが好きでね…とかさ、いつも理恵ちゃんの話ばっかりしてたよ」

理恵は「バッカじゃねぇの…」と繰り返しながら、ますます激しくしゃくりあげた。

麻衣はしばらく黙っていたが、ふと思いついて言った。

「そうだ!今度うちの美容室来ない?」

「え…でもアタシ金ないし…いつも自分で切ったり染めたりしてるから…」

「私さ、ついこの間スタイリスト試験にやっと合格したんだ。だけどまだ練習したいから、カットモデルお願いしたいんだけど…。あ、もちろんお金はもらわないよ。どうかな?」

「え…」

麻衣は出来たての自分の名刺を財布から出して渡した。スタイリスト、という肩書きが嬉しくて、持って帰った日に部屋の壁に飾ったくらい、誇らしかった。

「今度の火曜日、うーんと、夜の七時位がいいかなあ…予定、大丈夫?」

「あ…うん、えっと、たぶん」

「わぁ、良かった!ありがとう!絶対来てね!」

理恵は素直に名刺を受け取り「…帰んなきゃ、彼氏に怒られる…」とつぶやいて去っていった。麻衣は警察に相談するように勧めたが、理恵が絶対にいやだと拒んだのでどうにもできず、不安な気持ちで見送った。
麻衣はその足で近くのコンビニに行き、レターセットとペン、ジッパー付きのビニール袋を買った。いちかばちかの考えが、麻衣にはあったのだった。

絵美のアパートに帰ると、もう他のメンバーもとっくに来ていて、なかなか帰って来なかった上にネギを買ってくるのを忘れた麻衣に、みんなはかなりあきれていた。

(第1章 4話に続く)


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