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別れ道のその先で

⚠︎Attention⚠︎
数年前に書いたため、二十歳成人です。
また、作中に登場する「通し矢」は現在と異なる場合がございます。ご了承ください。

 むわりと身体が火照るような暑さに包まれ、脳味噌の内側から、思考を剥ぎ取られるような、感覚。私はそれを知っていた。体は暑くてたまらなかったり、時には寒さに震えていたりするはずなのに、意識と体は切り離されて、どこか俯瞰したように頭はいたって冷静に、透き通るような混濁に包まれていた。両手に携える弓と矢は体の一部となり、私を何倍も大きくさせ、地中深く根を張る大木のような安定と安心を感じさせる。人一倍小柄だった私を、弓道は変えてくれた。不安定な心身を支えてくれる。支えだった。人生の、生活の、一部として居続けた。モルヒネみたいに、尖った現実を優しく包み込んでくれる行為なのだ。
 だから私は、その感覚がずっとずっと好きだった。好きで居続けたかった。

     *

「長原先輩。……部活やめたって、本当ですか?」
 陽が落ち込んできた夕方の、下校時刻。
 後ろから馴染みのある声で話しかけられ、私は振り返った。白い道着に黒い袴、右手には数本の矢を携えた少女がいた。部活の途中で抜けてきたのだろうか。しかし思っていたよりも遠くにいて、彼女の表情まではよく読み取れない。だが、声だけはハッキリと聞こえた。
 そういえば、彼女は人一倍声が大きかった。
「やめたよ」
 たぶん普通の声量じゃ私の声は届かないから、声を張って言った。
「もう、キッパリとね」
 彼女はまだ何か言いたそうにしていたが、私はそれを無視して制服のスカートを揺らし、校門を目指し始めた。私はこれが後輩の彼女と最後の会話になれば良いと思ったし、キッパリと、弓道は諦めたはずだと思っていた。
 私は通例通り高校三年の夏頃に同級生と引退するということはなく、二年の三学期が終わる前に、忙しそうにしている時を狙って顧問に退部届を提出した。仲の良かった同級生数人と顧問以外、私が退部したことを直接聞くことはなかった。だからなのか、この声の大きい後輩は私を捕まえて、わざわざ真実を聞きに来たのだ。
 彼女は「会」と呼ばれる通常五秒以上弓を引く姿勢でとどまる動作が、それよりも早く矢を離してしまう「早気」の気がある後輩だった。私も何度か注意したし、他の部員も何度か話していたと思う。しかし、いつもは「すみません」だの「気をつけます」だの言っていた彼女だったが、私の注意に一度だけ全く違うことを言っていた。彼女がやけに、調子が悪かった日だった。

「マミちゃん、離れ早いよ。もうちょっと踏ん張って」
「……わざと」
 マミがボソリと言った三文字があまりにも聞き覚えがなくて、私は思わず聞き返した。彼女の言葉をうまく聞き取れなかったのは、これが初めてに思う。するとマミは珍しく声をひそめ、私以外には聞こえないくらいの声で話した。
「わざと。……わざと、早気にしてるんです」
 この時すでに冬が始まっていて、私はそろそろ退部をしようと思っていたから、あまり面倒なことに首を突っ込みたくはなかった。だけど、なんで? と聞いてほしいと言わんばかりに、彼女の大きな瞳がこちらに向けられていた。
 幸いマミは「大前」と呼ばれる一番前の的で練習をしていたから、私は射形を直すみたいにして彼女の話を聞いた。
「弓、ホントはもうやりたくないんです。だけど、ウチ家族で弓道やってるから……早気で療養って形とらないとやめられない気がするんで」
 ほんやりとした瞳で、彼女はそう言う。きっとそんな気持ちでやっても、彼女の的中率は悪くない。彼女は群を抜いて弓が上手かった。それだけに、私の心境は複雑だった。
 他人の家庭の事情に踏み込むことはできなかったから、「じゃあ、早気ってことにしようか」と言って、マミを見た。彼女は意外そうに私のことを見つめ返したが
「先輩、優しいのか適当なのかわかんないっすね」と言って笑った。
「どっちでもいいよ」
 私は笑ってそう答えた。
 そして私はそれからしばらくして、弓道部を辞めた。彼女には何も話さなかったし、その素振りも見せなかった。

     *

「……ていうことがね、あったんだよ。高校の時」
 私はカフェの新作ドリンクを飲みながらそう言った。ちゅるちゅると喉に入り込むチョコの液体は、私の体に吸い込まれ喉に根を張る。俯いたときに自身の茶色の髪が視界に入った。高校の時は伸ばしていた髪だったが、弓をやめた後にギリギリ髪が結べないくらいのボブにしてしまった。それは弓を引くにはあまりにも邪魔な長さだった。
 目の前で私の話を聞いていた友達は、カフェのケーキを口に入れる。ここのケーキはスポンジがふわふわしすぎてて、正直私は食べた気がしなくてあまり好きじゃないが、彼女はこういうのが好きらしい。大学で知り合った彼女は、高校から弓道部に所属してたらしく、大学生になった今でもバリバリ弓道をしている。
「マミって、もしかして東マミ?」
 懐かしいその名前に、私はドリンクのストローから口を離した。
「え、なんで知ってんの?」
「学生弓道じゃ結構有名だよ。ほら、弓上手いしさ、顔もかわいいし」
 確かに、彼女はかわいい。アイシャドウが塗りやすそうなぱっちりとした二重だし、黒々とした大きい目とちょこんとした形の良い唇がベストポジションに付いている。弓を射る時、厳かに歩く彼女は、後ろから見ると結えたポニーテールだけがふわふわと揺れていて、それがまたかわいらしかった。そして何より、あの華奢な体からは想像できない安定さで矢を放つのだ。それが、誰よりもかっこよかった。
「京都の通し矢、東マミも出るんじゃない? 優勝候補だよ」
「通し矢……」
「あれ、通し矢知らない?」
 友人が意外そうに私を見た。
「知ってるよ。二十歳の成人になった時、京都の三十三間堂で弓を引くやつでしょ」
 そう、「通し矢」とは平安の末期から京都の三十三間堂で始められた弓術のことで、今では「楊枝のお加持」と同日に大的全国大会が行われる。新成人による通し矢自体は昭和の半ば頃から行われ、全国から約二千人の参加者が集まるそうだ。新成人の弓道資格者などたちが晴れ着姿でその技を披露するのが、三十三間堂の新春一月、冬の伝統行事となっている。
 確かにマミは私の一つ歳下だから、次の一月に行われる通し矢に出場するだろう。でも、私は採血の後の針が抜けていくような、嫌な空虚さを含む心境を抱いていた。
「行かないの?」
 友人がニヤッと笑ってそう言った。
「やだよ。弓やめたいなんて言ってたマミちゃんがまだやってるってのも、なんかモヤッとするし……その大会で優勝なんてしたらどんな顔で見ればいいかわかんないよ……」
 まだ弓を続けているということは、きっと弓が彼女にとって、やりたい事になったということ。そしてそれは途中で投げ出した私に対して、ある種の当てつけのような気がする。
 もちろん、真相はわからないが。
「大丈夫だよ。私行きたいと思ってたから、一緒に行こ? 京都旅行の一部だと思えばさ、少しは気楽に行けるんじゃない?」
 友人の柔らかな顔が、私には天使の微笑みにも、悪魔の微笑みにも思えた。まだ出会って三年だが、彼女のちょっと強引で頑固なところはもう完全に把握していた。だから、私を引っ張ってまで京都に連れていく気なのはもうわかっていた。
「わかったわかった。でも! ちょっと見て、それで帰るからね」
「やったぁ〜優しい〜」
 彼女はそうニンマリと笑うと、ふわふわケーキの最後の一口を最近流行りの真っ赤なグロスのついた口に放り込んだ。
 また惨めな思いをする。
 そう思いながらも、京都旅行に行く事自体は実は結構楽しみだった。

     *

 冷たい新春の空気が、なじるように私の体を通り抜けていく。一月の京都は寒い。東京から急にシベリアに行ったように寒い。いや、東京も寒いし、シベリアはさすがに言い過ぎではあるが、それでもそう言いたくなるくらいには寒かった。
「冬の京都は間違いだよ」
「お前が行こうって言ったろ」
 最初の発言は、何を隠そう友人の言葉である。
 そんな冗談を言いながら、私たちは深夜バスが到着したバス停から三十三間堂に向かう為に移動を始めた。最初は前日から一泊して二日目に通し矢を見ようと思ったが、予定が合わず深夜バスを利用することになったのだ。幸いなことに、私も友人も深夜バスで寝られないほど繊細な人間ではなかった。
 三十三間堂はバスに揺られて数十分、バス停「博物館三十三間堂前」で降りてすぐだった。
 朝の八時前には開会式が行われるらしく、私たちは早いなぁなんて思いながらも会場にごった返す人々を見て納得した。
 懐かしい、竹と木材と仄かに香るニスの匂い。
 晴れ着姿の新成人たちの手には、いつかの私の手にも馴染んでいた弓が握られていた。やめずに続けていたら、私も去年はこの地で弓を握っていたのだろうか。
「アユ、こっち!」
 いつの間にか前に進んでいた友人が、私の名前を呼んだ。
「ごめん。今行く」
「早く行かないと、いい所で見れないよ? せっかく早く来たんだから、すぐ並ばなきゃ」
 と言われても、すでに多くの人がいる中で私たちは射場の近くに行けるように前に進んだ。

 張り詰めた京都の空気も相まって、厳粛な開会式が行われた。そしてその次に行われるのは、称号者と新成人数人による試し射ちを経て、成人男子による予選、それから続けて成人女子の予選。
 試し射ちでマミが登場するかと思ったが、どうやら違うらしい。見覚えのない人が次々と遠的に向かって矢を放つ。すでに会場は厳粛さと華やいだ雰囲気に包まれていた。
 成人女子による予選が始まったのは、十時半を過ぎた頃だった。
 十人ほどの人が横一列に並び、一斉に矢を放つ準備を始める。その頃には、観客席は人がごった返すわでパンパンな状態だ。そしてもちろん私は、男子の予選の途中ですでに帰りたかった。もう東マミうんぬんどころではない、人酔いに深夜バスで手に入れた節々の痛み、大学と家から十分ほどで着くバイトと家の往復だけの私は完全に運動不足である。しかし、隣の友人は本当に弓道が好きなようで、開会式から真面目な顔をして生き生きとした瞳で新成人たちを見ている。さすがの私でも、この顔を見ては水を差すことはできなかった。
 ちなみに、予選は二本放つ矢を両方とも的に当てることができれば通過である。そして決勝戦は、矢が的から外れた人から脱落。なんとも緊張感のある試合だ。
 成人女子の予選が始まり中頃、友人に肩を叩かれぼんやりとした意識をハッキリさせた。
「なに?」
「東マミ、来たよ。紫の晴れ着着てる」
 射場に目を向けると、約三年振りに見る後輩の姿がそこにあった。深い紫色の晴れ着は化粧をしてかわいい顔がさらにかわいくなっている彼女を、大人っぽく魅せていた。相変わらずしゃんとした背筋は床に垂直で、高校の時よりも長くなった髪は後頭部の高い位置で括られ、静かに垂れていた。けれど、ヘアカラーもピアスもしていないように見えた彼女は、どことなくまだあの頃の幼さを残しているようだった。
 なんだか、あの日々の空気が戻ってきたみたいな気がする。冷房も暖房もない射場で、寒さに震えているはずなのに、意識と体は切り離されて、どこか俯瞰したように頭はいたって冷静に、透き通るような混濁に包まれる、感覚。
 彼女もまた、そんな感覚に今陥っているのだろうか。
 マミの右手が弦に引っかかる。手に持った矢が弓に近づきまた離れ、まるで彼女の呼吸がここまで伝わってくるような気がした。
 吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って……
 彼女は私より、少しだけ深くゆっくりとした呼吸だったことを思い出す。繰り返される規則的な呼吸に合わせた動作は滑らかに、気づけばキリキリと音を鳴らしながら、マミは弓を左右均等に引き分け、「会」の姿勢に入っていた。心なしか、周りの緊張感も高まっているようにも思えた。たっぷり五秒以上は経っただろうか。
 ……カァン……パァン。
 滑るようにマミの手から放たれた矢は、そのまま吸い込まれるようにして、的に当たった。途端、張り詰めた糸が少し緩んだように私は息を吐いた。いつの間にか私は息を止めていたみたいだった。当時の癖だろうか。
 しかし、マミは一向に気を抜いた様子はなく、涼しげな表情をしたまま、深く静かな呼吸で当たり前のように次の矢も的中させた。
 やっぱり、彼女は早気なんかじゃなかった。今の二射でなんとなく察せるくらい早気だった素振りもなかった。
 でもどうして、弓道をやめなかったのだろう。あのまま早気として、療養の皮をかぶってやめてしまうことも彼女ならできたはずだ。そんなに家族は弓をやめさせてくれなかったのだろうか。それとも、彼女は本当にやめたかったのだろうか。そういえば、どうしてやめたいだなんて思ったんだろう。
 私は彼女に理由なんて聞こうとも思わなかった。疑問が積み上がっていく。積み上がるほどに、真実が聞きたくなってくる。私は、友人の肩を叩いた。
「どした?」
「ちょっと、トイレ行ってくるね」
 マミに、東マミに会わなくては。どうして弓をやめなかったのか、本当に弓をやめたかったのだろうか、やめることなんて彼女にできたのだろうか。真実を、彼女の口から聞かなくては。進むたびに焦燥は警笛を鳴らすように頭の中を駆け回った。もう、何の為に彼女に会いに行くのかわからなかった。
 ごった返す人々をかき分け、似たり寄ったりな晴れ着姿の女の子たちから、彼女の紫色の晴れ着を探す。確か、濃い紫色の袴にピンクと薄紫の混じったような色の着物だった。
 どれだけ探しただろうか。三十分くらい探したようにも思えたし、ほんの三、四分くらいにも感じた。射場の裏側、アスファルトで舗装された駐車場の近くに彼女はいた。
「マミちゃん!」
 声を出してから思い出した。やっと見つけたと言う思いで、勢いよく声をかけたが、高校のあの会話以来会っていなかったのだ。
「……もしかして、長原先輩?」
「あっ、よかった……わかってくれて」
 息が途切れ途切れな私は、落ち着かせるように前屈みになった。
「え、大丈夫ですか?」
 体調が悪いのかと勘違いしたマミが駆け寄ってきた。見た目に似合わない大きな声が、なんだか懐かしい。
「ごめん、大丈夫。運動不足すぎてマミちゃん探してたら息切れた……」
「というか、来てたんですね」
 気まずそうに彼女が聞いた。
「うん。ホントは来たくなかったんだけど、友達がどうしてもって……それより見てたよ。決勝進出かな」
 私がそう言って顔を上げると、彼女はまた気まずそうに目を逸らした。
「早気、治ったね」
 息が軽く整ってきて、私は上体を起こす。厚底の靴を履いているせいか、彼女よりも私の方が少しだけ背が高い。
 しばらくの沈黙が、周りのざわめきを際立たせた。
「聞かないんですか? 弓道続けてる理由」
「聞かないよ。だってやめられないでしょ、マミちゃんは」
 そう。東マミは弓道をやめない。
 わかっていた。
 マミに会って思い出した。彼女はやめない。やめたいと私に言った時だって、彼女は真っ直ぐに的を見据えて、しっかりと命中させていたのだ。早気と言ったって、弓を引き分けてから三秒は絶対保っていたし、やめたいと言いながら彼女は一向にやめる気配はなかった。それに弓矢を握ると彼女はどうしたって弓道の虜になってしまうのは、知っているのだ。お見通しなのだ。見過ごすわけなかった。
 だって私は、そんな天才肌でかわいくて弓に愛されてる彼女が、大嫌いなのだから。
「髪が短いの、あんま似合わないですよ」
 そんなことをさらり言うのだから、本当に嫌いだ。
「先輩は去年の通し矢出なかったんですね。私探したんですよ」
「やめたじゃん」
「大学でまた始めないかなって期待してました」
「キッパリやめたよ。言ったじゃん」
 なんだかイライラしてきた。なんで私はあんなにも一生懸命にマミを探していたのだろう。なんであんな必死に。彼女がやめたかった理由も、やめなかった理由も、私にはどうでもいいのに。わかっていたのに。
「どうして、私を探してたんですか」
 私の方が、お見通しみたいだ。それは私に突きつけるような言葉だった。
「……なんでだろうね」
 返事に困ってしまって、今度は私が気まずく笑う番だった。すると、彼女が急に声を張ったように改まって言った。
「私! 高校の時、ずっと先輩のことあんまりよく思ってませんでした」
 突然の告白に、頭が驚いている。事実というより脈絡のない告白みたいだった。
「だって、私と一緒で小五から弓やってるって言うし、入った時もう二段持ってて、弓を引く姿もかっこいいし、教え方もうまいし、嫌だった。だって今までずっと私が一番だったのに。でもあの日、早気ってことにしよって言ってくれてめちゃくちゃ嬉しかったんですよ。……なんで、弓やめたんですか?」
 なんてことはない。彼女も私も、同じようなことをずっと思い続けてたのだ。
「やめた理由はね」
 だからこそ、ちゃんと答える気はなかった。
「そんなのないよ。むしゃくしゃして、やめたくなっちゃったの。だってマミちゃん弓上手いんだもん。私も嫌いだよ、マミちゃんのこと。だから信じてるよ、今日の決勝で、マミちゃんが優勝すること」
 私はそう言ってマミを見据えた。マミはなんだか呆気に取られたような、なんとなく納得したような、そんな顔をしていた。だから私は、安心して信じられる。嫌いになれる。
「じゃあね」
 帰ろう。私はそう思い踵を返した。
「待って! じゃあ私が優勝したら、弓道また始めてくださいね、アユミ先輩」


「遅かったね。どうだった?」
 友人の元に戻ると、彼女は何事もないように聞いてきた。
「わかってたの?」
「だって東マミが終わってすぐに血相変えて出てったじゃん。で? 会えた?」
「会えたよ。やっぱ最悪だった。もう会いたくない」
 しばらくすると、決勝戦に突入した。
 決勝は、矢を放ち的に外れた者から脱落するという、結構過酷な試合だ。相変わらずマミはしゃんとした姿で現れ、私の方には目もくれずに的中させていく。
 私のしらけた日常が、あの怖いくらい静かで深い呼吸に、どうか壊されませんようにと願うことしか私にはできなかった。

     *

 久しぶりの道着はなんだか息苦しくて、すぐにでも脱ぎたくなったが、なんだかとても懐かしい。あの青春が戻ってくるようだった。
「やっぱりアユミ先輩は道着が似合ってますね」
 憎たらしいマミだ。
「ホント、生意気になったもんだね」
「別にいいですよ。先輩が弓を始めてくれるだけで満足なんですから。ほらアユミ先輩、こちらはこの道場の……」
 彼女はやはり、私の思った通りに、あの日優勝して私を弓の世界に引っ張ってきた。私の周りはどうしてこうも人を巻き込みたがるのだろうか。おかげで高校の時の弓道用具を一式取り出し、彼女が通っている道場に加入することになった。
 最悪だ。本当にやめるつもりだったんだ。また彼女の上手い弓を見て悔しくならなくてはいけない。そう思いながらも私は、愚痴の代わりに違う言葉を選んだ。精一杯の皮肉を込めて。
「マミの高校の先輩です。初心者なのでよろしくお願いします」