「天使たちの園」.6
エピソード: シラハ 急(後)
真面目で誠実なお父さんがそんなことするわけない。
結論は出ているのに胸が苦しくて苦しくて仕方がない。見間違えに決まってる。お父さんは浮気なんかする人じゃない。あんな女とお父さんが愛し合ってるはずがない。
私の方が愛されているんだ。
ひとつ、試そう。真実を確かめるために。
お父さんに「遅れてごめんな。おめでとう。」とプレゼントに淡いピンク色の竹刀袋をもらった2週間後。一学期末の三者面談の日。
面談にはパートの母の代わりにお父さんが来てくれる。帰りは私とお父さんの2人きり。必ずここで決着をつける。
先生とお父さんと私。
ほとんどが剣道の話ばかりで、成績については「大変優秀です」とだけ。
お父さんは「この子いつも頑張っているので、私の自慢です。」と笑顔を浮かべて、先生もにこやかに笑みを返した。
進路もすでに推薦が決まっていたからこれと言って話すこともなくすんなり面談は終わった。
「お父さん、ちょっと話したいことがあって。誰かに聞かれたくないから、道場に寄ってもいい?」
「ああ、いいよ。」
今日は全部活が休みの日。だから誰も来ない。タイミングはここしかない。
迷いはなかった。それでも手は震えていた。
「あんまりケンマに構ってやれてないけどな、お父さんはお父さんだから。ちゃんと話を聞くよ、どうしたんだ。」
覚悟を決めた。
「この間の土曜日に、お父さんと女の人がホテルに入っていくの、見た。お父さん、土曜は仕事に行ってたんだよね。」
ここまで言うと、お父さんは明らかに様子が変わった。
「ケンマ、お父さんはお母さんもケンマも愛しているよ。嘘じゃないんだ。」
私の肩に手を置いて、お父さんはこう言い放った。
「でもな、お父さんはあの人のことも愛しているんだ。」
「ケンマ、頼む。2人だけの秘密にしよう。俺に出来ることならなんでもするから、な。」
その時、これまで蓋をしていた黒い何かが溢れ出した。気づけば汚らしい手を振り払い道場の壁にかけてあった竹刀を掴んでいた。
「黙れ、汚らわしい。」
竹刀を横に一閃、払った。
するとお父さんの首を刎ねていた。
まるで真剣で斬られたかのように頭と胴体は真っ二つに別れ、どさりと肉の倒れる音が静かな道場に降りた。
父だったものの横を通り抜け、夜を予感させる空を眺めて外へ出た。
いつも通りに広がる景色をぼんやり見つめ、竹刀袋に収めた武器を背負いここではないどこかへと歩みを進めた。