「天使たちの園」.5
エピソード:シラハ 急 (前)
たくさん賞状をもらって、たくさんトロフィーをもらって。部屋に飾れば飾るほどお父さんの自慢の子どもとしての証が増えたみたいで、眺めているだけで頭を撫でてくれる大きな手の感触を思い出せた。
そうして満たされてまた"証"を増やそうと練習を積み重ね、大会を突破し続けた。
まるで私自身が竹刀そのものになったような気分。
もはや虐められていた頃のことなど完全に忘れ去った、蝉の鳴き声が道場に響く7月半ば。
今年の7月10日は、私の15回目の誕生日。
この日のために、1週間前お父さんとある約束をした。
「お父さん、あの...実は好きな本が映画になってて、一緒に観たいの。」
「ああ、なら土曜に観に行くか。」
「.........ほんとにいいの?お仕事で疲れてない?」
「大丈夫、休日だから問題ないよ。」
私なりに勇気を出した、精一杯の"おねだり"だった。いい子の私だからお父さんは約束してくれた。やっぱり頑張ってきてよかったんだ。
それから1週間ずっとそわそわして落ち着かない気持ちで過ごした。
どんな服を着ていこう。土曜は編み込みにしてみようかな。映画の後に少しだけでも一緒にごはん食べられないかな。
いろんなことを考えてはドキドキして、ついには毎月もらったおこづかいで香水を買った。
放課後にドラッグストアへ行って、部活の子がつけていたのと同じブランドを選んだ。
少しだけつけてみると、自分から石鹸みたいなミルクみたいな甘くて爽やかな香りがした。
金曜は部活が終わったあと後、まっすぐ家に帰ってお母さんのヘアパックを借り、編み込みの練習をしてから眠りについた。
待ちに待った土曜、約束の日。
身支度を済ませてリビングへ行くと、もうお父さんは出掛けようとしていた。
「お父さん、どこか出掛けるの?」
「ああ、急に連絡が入ってね。仕事に行かなくちゃいけないんだ。帰りは遅くなるからお母さんにも伝えておいてくれ、行ってきます。」
ドアはバタンと閉められて、お父さんは行ってしまった。ガチャリと鍵をかけながら「仕事だから仕方がなかったんだ」を心に言い聞かせた。
気持ちを振り切るために結局向かったのは道場で、ひたすらに市内を振るう。そうすると、心が凪いでいく。
「大丈夫。私は強い。私は強いんだ。」
日が暮れ、オレンジが空に落ちた頃。ようやく竹刀を片付けた。
「そうだ、せっかくだから自分に何か買おう。」
少しだけ寄り道してもいいはずだ。だって誕生日なんだから。
そう思ったことが問題だった。何もせずに帰ればよかった。
和柄の藍が美しいシュシュを買って店を出た後。
仕事へ向かったはずのお父さんが、黒いワンピースを着た色の白い女の人と建物へ入っていった。
同級生の子たちが噂していた、大人たちがそういうことをする時に使うためのホテル。
私は直ぐに家へ帰って見てしまったモノのことをぐるぐる考えながら、いつも通りに見えるよういつも通りに過ごした。