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【短編小説】夜のあお
最近息子が、夜空に浮かぶ星を「人」だと思っていたことが判明した。
「あーお、あーお」
最近やっと立ち上がることを覚えた一人息子と、夫と、よく夜に散歩する。そんな時に息子が、よく空を見上げて言っている言葉だった。
「ねえ、もしかして蒼って言ってる?」
はじめに気が付いたのは夫だった。
夫が発した言葉に最初困惑したけれど、すぐに『夫の弟』のことだと分かって首肯する。息子のぷにぷにした息遣いが喉のあたりを撫でてきてくすぐったい。
蒼さんは夫の弟だ。
近所で一人暮らしをしている。働き盛りの30歳!仕事たのしー!結婚したくない!とよく義母の前で白目をむきだして叫んでいる。
ちなみに夫の名前は茜という。次は黄色か緑か、とふざけて言っていたらしい。結局3人目を義母が出産することはなかった。
「なんで蒼さんなの」
「いやあいつと、よくこうやって散歩してて会うじゃん。その時向き合ってるおれらからしたら、あいつが持ってるライトが正面から光って見えるでしょ。なんかいま、似てるなあって」
夫にそう言われたものの、なるほど?と最後を持ち上げて言ってしまった。ピンとこない。
記憶には残っている。蒼さんが通勤用に持っている斜め掛けのカバンに、キーホルダーとしてついているあの白く発光するライト。
「そういえば、蒼さんてなんでライト持ってるの」
私が尋ねると、夫がさあ、と首をかしげる。
「道中が暗いからじゃない」
「そりゃあそうか」
「てか、だとしたら空に蒼がいっぱいいることに」
「たしかに」
どうでもいい会話をしている。意外とこういうやりとりが、お互いのガス抜きになっていたりする。
「やっほー」
と、遠くからやまびこみたいに聞きなれた声が聞こえた。
三人で振り向くと、蒼さんが遠くから手を振って歩いてきていた。あまりの偶然に目を丸くしてええ、とつぶやいた。そりゃよく会うけども。こんなタイミングで?
その腰のあたりには、「星」が光っている。
すると息子が、
「あーお、あーお」
と、さっき夜空に向かってやったのと全く同じ挙動を始めた。うそでしょー、と私が言うと、夫はほらやっぱり、という前に口を開けて笑っている。
「なになに、なんで?」
蒼さんがライトを消しながら首をかしげている。あーお、とずっと言うのでたまらなくなって、うんうん、蒼さんだよ、と触れられる距離に連れて行った。蒼さんは蒼さんで、私と同じような言葉を言いながら、まずはカバンから子ども対応の除菌スプレーを両手につけてから、息子を撫でてくれる。蒼さんのこういうところが、私は申し訳ない反面、ありがたかった。こういう気遣いをしてくれると心から有難い。変に嫌いにならないで済む。
息子もきゃっきゃっと笑っている。周りの環境が大きく影響するというのは、きっとこういう事も含まれているんだろうなと、表情にはでないよう、すこし襟を正した。
独身だった頃は子どもが苦手だった。なにを言い出すか分からなくてどこに行くのか分からない。街で見かける親子連れを眺めるときは、常に母親目線で応援しかしてなかった。それが今では、子どもって何を考えているんだろうとか、どんな風に世界が見えているんだろうとか、毎日そんな事ばかり想像している。
あんなに嫌だった子育てが、今はこんなに楽しい。
人間の考え方なんて、こんなにあっという間に変わっていく。
ありふれた言葉だけど、奇跡だと思う。
蒼さんとはあっという間に解散して帰路につく。部屋に入ると、いつもよりあたたかい気がした。
おわり