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【短編小説】おもんな
リーンゴーン、と鐘の音が鳴り響く。
おめでとうありがとう、感謝の想いが声になって錯綜する。
チャイムが押される時みたいに、僕の心を疎外感が襲う。ああまたか、とため息が出る。
奈落はすぐそこにあって、僕は結局そこから逃げられない。
結婚式の雰囲気にのまれそうになる。
きもちわるい。
そう言えたらどれだけ楽なんだろう。
ただ羨ましいんでしょ、と言われたらそうなのかもしれない。
幸せいっぱいな笑顔の新郎新婦にとって僕は共通の友人で、だから責務を全うしなくてはいけない。
どちらかが好きだったとか、関係があったとかそんなドラマみたいな話は一切ない。
披露宴の会場では、新郎の上司が挨拶している。お色直しのために、一度新婦から退場する。
呼ばれたのは姉。友達みたいに仲が良い。
僕は純粋に、新郎新婦、ふたりの友達だった。
純度の高い清らかな交友関係は、だからこそ、何もなかった。
変哲のない生活だったということは、お互い、その空間にいた全員が、特に心情を吐露することがなかったって事だ。
死生観はおろか、誰かの感情と対話することも無かった。
誰かが誰かの機嫌を損ねないよう、顔色を伺いながら、それでも僕たちは仲がいいと呪文のように身体に言い聞かせていた。
新郎新婦がいない間、少しだけ余興が開かれる。少しだけ明るくなった会場の中で、僕は、スマホをいじりたくてたまらなくなっていた。
ああ、おもんな。
早く帰ってゼルダがしたい。
あの綺麗な夕日を眺めたくてたまらなくなり、なぜか分からないけど、少し泣きたくなった。
勘違いした同じテーブルの友人が、お前、こんな変なとこで泣く?!と笑いかけてきた。
ちがうよと言えない自分の事は棚に上げて、僕は、新郎新婦を、心から蔑んだ。
おわり