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【短編小説】なんで私じゃなかったの

急に誰かのことを思い出す瞬間がある。

それはいつだって突然で、衝撃を伴うものだった。一瞬何が起こったか分からなくて思考が止まる。そのあと何秒かして、ああ、と地面に膝をつくような諦念が生まれる。

後悔やあきらめが脳の裏側いっぱいに広がるのは、思いだすのが、いつも戻れない過去だからだ。やり直せないって、どうしてこんなにしんどいんだろうか。

この時思い出したのは、姉との思い出だった。

姉は5年前に亡くなった。事故だった。

正直そんなに仲は良くなかった。よく年上を、ハンマーみたいに振りかざしてきていたからだ。親は姉ばかり可愛がっていた。特に母。母は自分の顔が嫌いだった。なんのひねりもない一重。少しとがった唇。私の眼は母によく似ていた。「鏡をみているみたいだね」と親戚に言われ、自然と苦笑していた横顔をいつまでも憶えている。

母は父の顔が好きだった。少し女性的でくっきりした二重。姉の眼は父によく似ていた。

姉が亡くなった時、通夜で泣きわめく母はさすがにかわいそうだった。

うずくまって泣いていた背中に、私は、思わず手をのせてしまった。

顔を覆っていた指の間から、母の一重が私を覗いていた。

なんであなたじゃなかったの。

そのまま母は悲しみに没頭するほうにまた戻った。父はこの濁流のなかにずっといたはずだけど、なぜかなんにも思い出せない。

別に、似たようなニュースを目撃したわけではない。

斎場を見かけたわけでもない。

母とは4年会っていない。

ただ街を歩いてー

そこで気が付いた。

仲がよさそうに身を寄せ合っている母娘が目に入った瞬間、ああ、とため息がこぼれた。これだ。

楽しそうに通り過ぎていく母娘は、見ている私にはまるで気が付かない。

またため息が出て、地面を這うように流れていく。

久しぶりに足が動かなくなってしまって、いやだと分かっているのに、あの時の母のように、顔を両手で覆った。


おわり

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