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この世に遺せないものを少しだけブログに置いていく

「おばあちゃん、死んだら何も持っていけないんだよ」
遺産相続でもめるテレビドラマなどでよく聞くセリフである。どんなに財産を溜め込んでも、この世に置いていくしかない。
 だが、誰もが死ぬ時に遺していけないもの、あの世に持っていくしかないものがある。記憶である。

 一昨年から、身近な人の死が続いた。この2年間に、母、義母、義弟を見送った。春には母によく似た面差しの大事な伯母も亡くなった。そのせいだろう。永井ミミ『ミシンと金魚』は、今年読んだ中で最も印象に残った本である。
 『ミシンと金魚』の主人公カケイさんは、認知症の女性だ。時代設定から推しはかると90歳前後と思える。カケイさんは過酷で辛い人生を送ってきたが、大きな後悔をも抱えている。誰にも話さず心の中に閉じ込めていた。この小説で最も感動的なのはラストシーンだ。死の温かい光明が、カケイさんを後悔ごと包んであちらの世界に連れて行く。
  人は最も言いたかったことは言わないで死んでいくものなのだと思った。

「人生をふり返るというのは、結局のところ、「考えてもせんなきこと」を考えることであり、「言うてせんなきこと」を心の中でつぶやいてみるという行為である」と『自分史の書き方』で立花隆が書いている。
  ブログを始めたのは、今まで心の中でつぶやいていたことが、死んでしまったら全て消えてしまうのかと、急に未練を感じ始めたからだ。全てを書き残せないことは承知だが、少しの気休めになっている。
 ただ、平凡な人生ながらも誰にも言えなかったことはある。それはカケイさんのようにあちらの世界に持っていく。

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