空色*ある日、こどもが学校に行かなくなった。

あなたの好きな空色はどんな色ですか? 今日は空がとっても青くて。 空を見上げて大きく深…

空色*ある日、こどもが学校に行かなくなった。

あなたの好きな空色はどんな色ですか? 今日は空がとっても青くて。 空を見上げて大きく深呼吸するように 投稿しようかと思ってます。

最近の記事

「送り出す力が弱い親」

教育関係の雑誌を読んでたときに、 不登校の記事があって。 その中で、こんな表現を見つけた。 「送り出す力が弱い親」。 学校側から見ると、 こんなふうに見えているんだな、と思った。 こんなに毎朝、 ヤキモキハラハラときにイライラしながら 行かせようとしている親が多いというのに。 送り出す力が弱い・・・。 なんか。 。。。かなしいな~~~。 送り出す力が強い親って、じゃあなんだろう。 引っ張ってでも、引きずってでも、連れて行く親のこと? 行かないと○○しないよ、って脅

    • 学校説明ビデオで泣けるなんて

      来年高校生になる・・・予定のwコドモ。 じわじわと受験がせまってきて、 不登校の子専門の学校見学会に参加。 学校説明ビデオ見たら、 泣けてしかたない。 普通の高校のビデオでは全然こんなことなかったのに。 この子たちも中学では学校に行けないことに悩んでいたのか。 なのに、この笑顔。なんて嬉しいんだろう。 (よその子ももう完全に親目線で涙ジワ~~) うちの子も、 こんな高校生になってほしいなぁ。涙 こんな笑顔で過ごしてほしいなぁ。涙 こんな友達見つけてほしいなぁ。涙

      • 運動会も合唱祭も授業参観も

        学校からは毎日、明日の時間割が送られてくる。 先生、ありがとう。 秋は、運動会に、合唱祭に、授業参観に、、、 いろんな行事もその練習も、 だんだんと、 その存在がない日々が普通になってきて。 お母さん同士の会話でも、 今日はお弁当でタイヘンだとか 来週はテストだとか テストの出来がどうだったとか 塾がどうのとか そういうものも存在しない日々が普通になってきて。 そうしてはじめて、 ああ、学校って、そういうものだったか、と 行かなくちゃに縛られていた日々を手放せているこ

        • からだをうごかすこと

          新学期に入ってこのところ、 あいかわらず学校には行ってないけど。 まぁ、それはいい。 それよりもだ。 起きる時間が日に日に遅くなっていることにヤキモキ。 ゲームの影響? 布団に入ってからのYouTube? かーさん思うに。 夏休みにフラリと行っていたお散歩が 日中、人目を気にして出かけられなくなって、 夕方はお友達とゲームしたいのもあって出かけられなくて、 結局、 陽にも当たらないし からだが疲れないから  ↓ ねむくならない  ↓ YouTubeやネトフリみちゃう

          親の会の存在。

          行かない選択をすると、 別の選択も開けてくるもので・・・。 といっても、 子はまだまだ前に進む段階でないコトも多く、 だから、親の選択のほう。 「不登校や行き渋りの子を持つ親の会」。 子どもの回復や体調に合わせて一喜一憂する親は とてもとても孤独で。 世間一般の「常識」と板挟みになって、 まぁまぁしんどいw(なってみてはじめてわかった) 親の会に参加すると、 ひとりじゃない、 って思えるのが一番よかった。 子どもの状態は人それぞれで、聞けば 羨ましいなって思ったり、

          学校に行かないコトによる損失は。③

          行かない日が増えてくると、 だんだんと、 人に会うということが億劫になってくるようで。 もちろん、行ってない後ろめたさで会うのが怖いっていうのも あるんだろう。 でも、 人に会うのが億劫になるっていうのは、けっこうな損失。 だって 人はひとりじゃ生きていけないから。 親だっていつまでも一緒にいられるわけじゃない。 人に会うのが億劫にならないように、 コンビニでも、夜のお散歩でも、なんでもいいから 外に連れ出します。 人は本来、あったかいってこと、忘れないでほしい。

          学校行かないコトによる損失は。②

          土日は、とても心穏やかですねw さて、前回からの続き。 こどもにとっての損失は。 勉強がSTOPすることではなく。 友人と過ごせたはずだった時間や そうやって作れたはずだった思い出や そういうものがみんな 学校行かないことで失われること。 これはもうものすごい、損失。 でも、それも、親のエゴ。 そうさせたかったっていう思いの塊。 本人にとったら、 そんな時間や思い出よりも 行かないことを選ぶことのほうが重要だった。 親心としては何度でも後ろ髪引かれるけれど、 で

          学校行かないことによる損失は。①

          今朝も、起きてこない。 出勤までに起こしに行く回数、3回。(でもまだ起きないw) 昼ご飯を一緒に食べるために帰宅する回数、1回。 どうしてるかなと心を寄せる回数、∞。 不登校が増えてるって言うけれど、 一番の損失は、 こうやって不登校にともなって “働けなくなる人が増える”ってことなんじゃなかろうか。 ただでさえ、労働力が不足してるっていうのに。 この、社会の損失は どうカバーしたらいいんだろうか。 介護だって同じ。こちらはこれからもっともっと深刻化する。 在宅でも

          どの道も、振り返ったら、正解だった。・・・と思いたいから。

          朝ドラ虎の翼より。 『進む道はどの道も地獄かもしれない。』 でも、自分で選ぶ、自分で決める、 そうやって進んだ道は、きっと 振り返ったとき、「あれはあれで正解だった」 って思えるんだろう。 と、自分の人生を振り返って、ワタシも思える。 自分の人生を、だれかのせいにして生きるほうが きっと地獄。 学校に行かない今の、“足踏み”に見える時間も、 この先の大ジャンプに向けた“筋トレ”かもしれないし、 ひょっとして新しいステージへの“チャージ”かもしれない。 親ができるのは

          どの道も、振り返ったら、正解だった。・・・と思いたいから。

          学校行ってる子に、チクチクする。

          こどもが学校に行かなくなったとたん、 「普通に」学校に行く子どもたちを見るにつけ、 心のすみがチクチクする。 いいなぁ。行ってて。 いいなぁ。楽しそうで。 いいなぁ。いいなぁ。 そんなふうに思うことは わが子の「行かない選択」を否定することになるんじゃないかって それもまた、心のすみをチクチクさせる。 きっと、子どもにも その「普通」を経験してほしかったんだろうな、ワタシ。 普通に、普通に、 ふつうってなに? 行かない普通もあってもいい。 でも、心のチクチクも、あ

          まぁ、いい、まだ、いい。

          朝、今朝もやはり起きてこない・・・・。 昼夜逆転だけは避けたいワタシ。 さぁ、どうする。 手をさすっても、 顔をさすっても、 今朝はなかなかこっちに戻ってこない。 ようやく開いた目をじっと見ながら 今日のワタシのスケジュールの隙間に コドモのスケジュールを詰め込んで さ、出勤。 ワタシの時間、どこまで使ったら気が済むのよ!! って怒っちゃえばワタシはラクになるだろうか。 や、まだだな、まだ、いい。 まだ、だいじょうぶ。

          ある日、こどもが学校に行かなくなった。

          なので、わたし、noteをはじめることにした。 お~~~~い、だれか~~! ワタシタチは、ここにいるよ~~~!の、気持ちで。 どうぞよろしく。(え?だれに?w)

          ある日、こどもが学校に行かなくなった。