夏
大事な人を亡くした。
30年も生きれば、大抵の出来事には出会うだろうと思っていた。
大抵の出来事は、やり過ごしていくだろうと感じていた。
事実、やり過ごして一年がもうすぐ過ぎる。
職場の上司だった。
友達に声をかけられて転職を考えていたあの頃、初めて出会った。
すごい人だと思った。
変な人だったけれど、猛烈に惹き付けられる人だった。人生で初めて、この人と仕事がしたいと思った。
すがる母を振り切って、遠い街に引っ越した。
知り合いもいない、縁もゆかりもない土地に。
いや、縁はあった。
短くて太い縁になった。
事情が事情だったから、葬儀には行けなかった。後日、自宅を弔問させて頂いた。
私の知らない上司がそこにはいた。
当たり前だ、一年も一緒に仕事をできなかった。
知らないことしか、そこにはなかった。
亡くなる少し前、私は仕事で追い詰められていた。自分の不勉強さと至らなさが原因だった。
上司は言った。
知識や技術じゃないところで悔しい思いをするときがあるだろう、でもそれは君のせいじゃない。
同じ言葉を、あの時私はあなたに返したかった。
私に仕事の意味を教えてくれたのは、あなたでした。
あなたと仕事ができて、私は本当に幸せでした。
でもほんとはもっと、もっと、あなたに甘えて頼って信頼して、もっとあなたの力になれるような仕事がしたかった。
あなたは私を、信頼してくれていましたか。
あなたは私に、期待してくれていましたか。
自惚れかもしれないけれど、きっとそうだったと私は思ってる。思いたい。
あなた、もっと一緒に仕事をしたかったです。
もっとあなたの力になりたかったです。
一年前に書いた思いが、今も時々叫びだす。
30年も生きれば、大抵の出来事には出会うだろうと思っていた。
大抵の出来事は、やり過ごしていくだろうと感じていた。
もうすぐ、やり過ごした一年が終わる。
恋ではなかった。
亡くした父を重ねて見ていたのは、少しある。
それでも、ただただ仕事の先輩として憧れていたのも事実だ。
あなたの仕事の仕方が、周囲への向き合いかたが、ひとつひとつの言葉が。
私は本当に、好きでした。
もうすぐ、夏が来る。
夏が、来る。
これは散文であって、一人言であって、決意表明であって。
そのどれでもない気がする。
30年も生きれば、大抵の出来事には出会う。
大抵の出来事は、やり過ごしていく。
明日は今日と同じようにやってきて、今日と同じようにそれなりに一生懸命過ぎていく。
きっとそんな風に、私は生きていく。
ただ、ときどき立ち止まって。
恥じることない仕事をしているか、と。
やり過ごさずに考えていきたい。
もうすぐ、夏が来る。
私があなたに出会った季節です。
あなたが去った季節です。
やり過ごすことのできない、季節です。
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