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〝純喫茶ブルームーン〟。 夏目家は喫茶店を始めた。もともとそのつもりで東京から引っ越してきたのだそうだ。近所の主婦や老人たちは都会から来た夏目夫妻に興味もあり、店は開店早々に彼らの溜まり場と化していた。 八月に入って間もない日曜日に、僕はブルームーンのドアを初めて開けた。 夏目夫妻に過剰なほどの歓迎を受けていると、待ち合わせの相手が二階から降りてきた。ネイビーのTシャツにジーンズのハーフパンツ。胸のふくらみがなければどう見ても男子高校生だ、と思って眺めていると、 「おは
——こいつ、いい奴だな。 出水亮介は、隣の席でレモンサワーのジョッキをグイッと煽る後輩を眺めながら思った。 後輩——須田雅孝は、空になったジョッキをテーブルに乱雑に置くと、「すみませーん」と店中に響き渡る大声で店員を呼んだ。 駅前の居酒屋は週末の喧騒を抱え込んで忙しい。返事はあったものの、一向に声の主は現れない。店の隅のカウンターで背中を丸めて話している、辛気臭い若者たちには気が付かないらしい。 「俺は絶対に許せないけどなぁ。その女」 店の奥に目をやりながら、