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【小説集】

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自作の小説をまとめています。おやすみ前のひと時に読んでもらえたら嬉しいです。
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#ザ・ブルーハーツ

【小説】月の檻 ー後編

〝純喫茶ブルームーン〟。  夏目家は喫茶店を始めた。もともとそのつもりで東京から引っ越してきたのだそうだ。近所の主婦や老人たちは都会から来た夏目夫妻に興味もあり、店は開店早々に彼らの溜まり場と化していた。  八月に入って間もない日曜日に、僕はブルームーンのドアを初めて開けた。  夏目夫妻に過剰なほどの歓迎を受けていると、待ち合わせの相手が二階から降りてきた。ネイビーのTシャツにジーンズのハーフパンツ。胸のふくらみがなければどう見ても男子高校生だ、と思って眺めていると、 「おは

【小説】月の檻 ー前編

   ——こいつ、いい奴だな。  出水亮介は、隣の席でレモンサワーのジョッキをグイッと煽る後輩を眺めながら思った。  後輩——須田雅孝は、空になったジョッキをテーブルに乱雑に置くと、「すみませーん」と店中に響き渡る大声で店員を呼んだ。  駅前の居酒屋は週末の喧騒を抱え込んで忙しい。返事はあったものの、一向に声の主は現れない。店の隅のカウンターで背中を丸めて話している、辛気臭い若者たちには気が付かないらしい。 「俺は絶対に許せないけどなぁ。その女」  店の奥に目をやりながら、