子供部屋
実家には立派な子供部屋があった。
2段ベッドと勉強机が並びで2つ、そして充分な広さ。
続きの部屋にはトイレが完備されていた。
2人分の部屋。
兄達の部屋。
私には部屋が無かった。
あったのは空間。
勉強机と椅子。その背後に机と同じ幅の小さなカラーBOXの本棚。
壁に沿った机から本棚まで。左横に小さな窓。
それが私に与えられた『空間』だった。
母には物置部屋があった。
鏡台、嫁入り道具のアップライトピアノ、趣味の油絵のイーゼル、ロッキングチェアー、小説、レコード、大量の洋服・・・
そんな母の物置部屋の片隅が私の空間だ。
寝る時は母の雑多な物に囲まれた隙間に布団を敷いていた。
成長と共に私は部屋が欲しくなる。
同時に浮かぶ疑問。
「どうしてお兄ちゃま達には部屋があるのに私には無いの?」
中学生頃にもなると何度も何度も訴えた。
母の答えはいつも同じ。
「この家は広いけど部屋が無いのよね。」
ある時私が母に訴えているところに父が居合わせた。
父は母に言う。
「お前、『私』に部屋ば作ってやらんか。かわいそか。」
母は形相を変え反論する。
「そんなこと言ってもこの家には部屋が無いのよ!どうしようもないじゃない!」
祖母には寝室と居間があった。
結局、祖母が居間を私の部屋として譲ってくれた。
とても嬉しかった。
居間として引き続き祖母も使うけれど、物置ではない明るい空間と自分のベッドがあることが嬉しかった。
それからまもなく母は長兄のために新しい部屋を作った。
日当たりのいいベランダに面した部屋。
「『長兄』ももう高校生だし一人の部屋が必要でしょ。」
そう言って。
自動的に元の子供部屋は次兄一人の部屋となる。
その時生じた感情を忘れられない。
とても醜い感情だった。
その後家を出た私の物はそのまま、ずっと置いたまま。
家を出て数年、母から電話が掛かってきた。
「あんたの荷物もう全部捨てていい?あの部屋使いたいんだけど。」
私はまだ結婚しておらず、仕事も安定しない中で独り暮らしをしていた頃。
母の言葉に私は電話口で黙り込む。
あの時の醜い感情が、以前よりも大きくなって戻ってきた。