長兄のお嫁さん 『クソ女』
「あいつのお前に対する態度はえらいひどかもん。見ててほんなこつかわいそうになるもん。」
長兄はお嫁さんのことを結婚前後『クソ女』と呼んでいた。
背が低い長兄はお嫁さんと行動を共にする時はシークレットブーツを強いられ、臭いと言われ、他、諸々見下され。
彼女は言ったそうだ。
「私は結婚できないと思っていた。だけど親孝行であなたの『家』と結婚することにした。あなたと結婚するのではない。だからどうしてあなたの両親や兄弟と仲良くしなければいけないのか。」
私がお嫁さんに初めて会ったのは顔合わせの場だった。
それまで聞かされていたあれやこれや。
長兄の性格上だいぶ盛っているだろうと思っていた私は、せっかく縁あって身内になるのだから仲良くなれればと思っていた。
立ち話で長兄が紹介する。
「あ、これ妹。」
私は緊張しながらも笑顔ではじめましてと言う。
彼女ははじめましてと言い、いきなり左手を私の眼前に突き出し言った。
「これ、長兄さんに買ってもらったんですよ~」
面食らった。
咄嗟に反応できず、とりあえず笑顔で取り繕いその場を離れた。
兎にも角にも気に入らなかったのだう。
以降、彼女の私に対する態度はいわゆる悪態だった。
挨拶しない。睨みつける。無視する。
子供じみた露骨な嫌悪感丸出しの態度は続いた。
私は自分にも非があったかと、できるだけ友好的になれるよう努力し続けた。
私が実家へ帰省するのはせいぜい年に1回。
帰省の度に敷地内にいる(敷地内同居)長兄夫婦の事を思うと帰る足も更に重くなった。
せめて敷地内に住んでいなければ・・・
長兄の家庭の事だから。私の被害妄想かもしれないから。
きっとあれくらい強烈じゃないとうちの家族には合わないんだよ。
そんな事を何度も言い聞かせ、気にしないよう努めた。
そんな状況の中、長兄が私に言ったのが冒頭の言葉だ。
気付いていたんだ・・・私の被害妄想じゃなかったんだ・・・
そんな事が頭に浮かんでいる私に長兄の言葉は続く。
「お前ならあんなクソ女と結婚させられた俺がどげん可哀そうかわかるやろ?」
「お前なら俺がどげん辛かかわかるやろ?」
「お前は俺の気持ちばわかってくれるやろ?」
ここぞとまくしたてる長兄。
その中に、たった今かわいそうと言った私を気遣う言葉は一つも無かった。
長兄は自分の意志でお嫁さんを選んた。
私は自分の意志と関係なく他人が身内になった。
不条理に傷つけられているのは誰だ?
そもそも私とお嫁さんの間には、関係性が良いも悪いも成り立つほどの接点すら無い。
かわいそうな俺。
俺だけがかわいそう。
俺と同じ扱いを受ければ俺の気持ちがわかるはず。
俺の気持ちだけ分かればそれでいい。
昔から変わらない。いつもの長兄だ。
結婚して程なく母がお嫁さんの事を知ったように言った。
「あの子が一番大事なのは自分!その次がお父様!お金をくれるからね。そしてその次に子供達なのよ!」
・・・自己紹介しているのかと思った。
息子は母親に似た女性を選ぶと言われたりする。
そういうことなのだろう。
クソ女と言い続け、父にそんなに嫌なら断れと言われ、それなのにどうしたことか既成事実を作り、そして母に言ったそうだ。
「子供が出来たとに結婚せんわけにいかんやろうもん!」
支離滅裂だ。
かわいそうな自分が大好きな長兄はその位置に居させてくれる人を自ら選んだ。
それが高卒の彼女でも、お嫁さんでも、どっちでもよかったのだろう。
全うな感覚であれば破談案件だと思うが、医者の娘という出自が高卒の彼女と違い両親を安心させたのだろう。
自分の目で見て判断できない両親らしいといえばらしい。
そしてそれぞれの不満のしわ寄せは私にぶつけられる。
それぞれが無意識に、自然に、昔から当然そうであったように。
私はあの家の精神的搾取子だ。