作話
母には作話がある。
脳の欠陥的なものなのか、防衛本能からくるものなのか。
いつまでも『娘』のままの母に鑑みると、私は後者だと思っている。
私はとても長い時間を掛け母に自分が抱えるハンデを訴えてきた。
最初の頃は過去の笑い話として。
次第に目の前の苛立ちとして。
そして超えられない等身大の事実として。
母の反応は変化していく。
最初の頃はこそばゆい懐古として。
次第に正当化に視点を移し。
そして『そんな事実は無かった』と一貫する。
私がまだ学生で一人暮らしだった頃、部屋で友人達と集まることがあった。
その際マンションの駐車場に誰かが車を無断で止めて苦情が出た。
マンションには大学の知り合いが複数おり、その時々で各部屋で集まったりしていたのだけれど、その苦情の矛先は私に向いていた。
ある日部屋のインターホンが鳴った。
のぞき窓から見ると、いるはずの無い母がいる。
ものすごい形相で仁王立の母。
何事かと驚きドアを開けるとその場で母が低く言った。
「不動産屋から電話があったのよ・・・あんたが男と同棲してるって・・・素行がすごく悪いって・・・」
「お父さんが怒って今すぐ連れて帰ってこいって・・・!!」
そう言うなり拳を振り上げてきた。
殴るわけではない。
母は昔から暴力的な威嚇をするだけだ。
言いがかりだった。
なぜそんな話になっているのか分からない。
だから母を連れて不動産屋に行った。
事は単純で、マンションの大家が学生達の無断駐車に困り不動産屋に相談した。
マンション仲間で一人だけ女性だった私を槍玉にあげれば友人達も含めおとなしくなるだろうという安易な考え。
不動産屋の打った小芝居に田舎から親まで引っ張り出された私は怒った。
結局その場にいなかった大家の勘違いだと責任を転嫁し、ふてぶてしい態度で形だけ謝った。
不動産屋での母は私の後ろに隠れておろおろしているような、終始『親』ではなかった。
問題はその後だ。
事の背景を理解した母は父に報告する。
私の部屋から実家へ電話を掛ける。
「もしもし、お父さん?」
電話の向こうでなにやら怒鳴っている父。
母が必死に説明するも聞く耳を持たない。
次第に母は言葉を失い、電話口からは父の怒号だけが聞こえる。
そして部屋の中に響いた受話器の向こうの声。
「今すぐ連れて帰ってこい!あげん行ってもどげんしようもなか大学に行きやがって!あの出来損ないが!!」
それを聞く私はとても冷静だった。
そして母に問うた。
「・・・今。なんて言った?」
「何も言ってない!!」
「いや、出来損ない?って言ったよね?」
「言ってない!そんなことお父さんは言いなさらん!」
母は嘘をつく。
つい今しがた起こった事でも、それが明らかに嘘でも。
都合が悪い事は嘘で取り繕う。
言い張ればそれが真実になるかの如く。
父は何かを感じ取ったのか、その後母の説明を聞き不動産屋の小芝居については落着した。
この件について母の記憶は時間と共に変化する。
「そんなこと言わない!言ってない!」
から
「そんな言葉、私は聞いてない!」
となり
「何言ってるの。お父さんがそんなこと言うわけないじゃないの~」
となった。
私の記憶は変わらない。
一事が万事。
今までも、これからも。母と話が噛み合うわけがない。
受話器から母に向けた言葉が聞こえてしまうという状況は、面と向かって言われるよりきつかった。
それでも母は嘘をつく。
「あの不動産屋、私、最初からなんか胡散臭いと思ってたのよ。」
したり顔で話す母。
家を出てから結婚するまでの長い間、母が私のところに来たのはこの時だけだ。
一人で暮らす子供へ実家から届く荷物。
そんな温かい話、経験したこともない。
それでも母は作話する。
「あんたが来なくていいって言ったから私は行かなかったのよ!」
「よく言うわ!お金いくら送ってやったと思ってるの!」
それらが主張するものは、いつだって母の保身だ。
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