文字だけの君 第十五夜〈最終回〉 〜厨房でニヤリと笑う君〜
かなえはその日、ある場所へと向かっていた。
そこは、初めて来る場所だった。
しばらく歩いていると、一軒の店が見えてくる。
どうやらそれは、寿司屋らしかった。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『おあいそ』とある。
かなえは、寿司屋の戸を開けた。
数人の男性客が黙々と回転寿司を食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
奥では店主らしき人物が寿司を握っている手が見える。
店主の顔は見えないが、この雰囲気からして『ことだま』の系列店であることは間違いなかった。
客として迎えられている感じはしなかったが、もうそれには慣れたもんだ。
かなえは、あいているカウンター席に座った。
回転レーンに乗った寿司が目の前を通過していく。
特にこれといって不自然な点はない。
かなえは流れてきた寿司を手に取り、食べ始めた。
それは、少ししてからのことだった。
!!!
かなえは自分の目を疑った。
想いが募り過ぎて、ついに幻覚を見てしまったのかと震えた。
回転する寿司レーンの中に、一冊のノートとボールペンが乗った皿があったのだ。
えっ!?
嘘でしょ…
かなえの近くに、ノートを乗せた皿が回ってくる。
『書いたらお戻しください』とあった。
これは!!!
かなえは動いているレーンから、ノートとボールペンを手に取った。
寿司屋の酢でも吸ったのか、ノートは少し波打っていた。
かなえは、ドキドキしながらノートを開いた。
『この店もなかなか美味しい。ここにも通いそうだ。 鋤柄』
「鋤柄さん!!」
思わず大きな声が出てしまった。
周囲は黙々と寿司を食べている。かなえのリアクションにも無反応だった。
かなえはノートの“鋤柄直樹(仮)”の“文字”を見つめ、笑顔になった。
たまらなく嬉しくなった。
わたしは回転寿司だった。手軽につまめる回転するネタだった。
店の外に出ると、店の戸にかけられたのれんの『おあいそ』の文字が風で揺れている。
わたしは、君を愛そう。
そしていつか、ここで君に逢いそう。
人は、人の何を愛しているのだろう。
顔?性格?その人の何を見ていて、一体何が好きなのだろう。
良い人と好きな人は違う。
恋愛と結婚は違う。
ねぇ、文字だけの君。あなたは一体誰なの?
本当はどんな名前?
何歳?
顔はイケメン?
声はイケボ?
塩ラーメン食べ過ぎてまさか太ってる?
わたしは、鋤柄さんの“文字”しか知らない。
だけど、わたしは、“文字だけの君”を愛してる。
『おあいそ』の店主の口元は、厨房でニヤリと笑った。
END
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