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文字だけの君 第二夜 〜愛する人がいただけでも幸せな君〜

オフィスで後輩の美智子が、かなえに話しかけた。

「先輩、じゃあ合コンセッティングしますよ!出会いのチャンスですよ!」

「いいよ別に。わたし合コンに良い出会いがあると思えないんだよねー」

頼んでない。
まるで、結婚がこの世界のすべて。女の幸せのすべてだとでもいうのか。
だとしたら、そのお前の考えの方が古くて、とてもおばさんである。
これは、別に強がっているわけではない。

「そんなこと言わないでくださいよ。ラストチャンス掴んでください!」

「ラストチャンスって…」

より不快な一言を付け加える。


この日、かなえは残業があったため、いつもより遅い帰宅となった。

「遅かったね」

リビングにはひとみの姿があった。

「ちょっと残業がね。ご飯って残ってる?」

「え、食べてないの?」

どうやら、かなえの分の夕食、いや、夜食は無いようだった。
かなえは、どうしようかと考えつつ、ふと玄関を見た。玄関に置かれた傘立てには、少しぼろい傘が立てられている。


そういえば、先週の金曜日、借りた傘があのままだ。

「ちょっと外出てくわ」

ひとみに言い残し、傘を手にすると、かなえは家を出た。

しばらく歩いていると、暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。
どうやらそれは、ラーメン屋らしかった。
先週と同じ光景で、奇妙な店は昔からあったように同じ場所に存在していた。
『ことだま』の店前には空っぽの傘立てが置かれていた。かなえは借りた傘を戻すと、店の戸を開けた。

数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。
かなえは、券売機で醤油ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに醤油ラーメンが出てきた。
どうやらこれも、先週と同じ光景だ。
かなえはテレビの横の席に座った。テレビでは、ドラマらしきものが放送されているようだ。

  ×  ×  ×

若い男、シオンが改造人間になっている。

シオン「これで今日から俺は正義のヒーローだ!愛するアルマを怪人エモーションからこの手で取り戻すのだ!」

  ×  ×  ×

「なにこれ。この店で見る人いないでしょ」

テレビでは戦隊モノのような何かが放送されている。
ついているテレビを見ている者はおらず、皆黙々とラーメンを食べていた。
テレビの横にあるノートに目が行く。古くぼろいノート。その横にはボールペンがひとつ。ラーメン屋の油でも吸ったのか、ノートは少し波打っていた。
誰かの忘れものとしては考えにくい。

そういえば、先週来た時もこの場所にこんなノートが置かれていたような。
視界にぼんやり入っていた気がする。

かなえは、なんとなくノートを手に取り開いてみた。
そこには、“文字”が書かれていた。

『愛する人を失ったという。でも、愛する人がいただけでも君は十分幸せだったんじゃないのか?』

!!!
誰も愛せないわたしは、残念な人だ。
でも、誰からも愛されないわたしは、もっと残念な人なのかもしれない。
そう心の中で叫んだ先週のわたしの声が、また聞こえてきそうになった。

  ×  ×  ×

ウエディングドレスを試着する若い女、アルマの写真にシオンの涙が落ちる。
その様子を違う世界から水晶玉越しに見ている怪人エモーション。

エモーション「これが人間にしかない感情か」

ナレーション「果たしてシオンは恋人アルマを救い出せるのか。次回『求められてこそヒーロー』ご期待ください!金曜ドラマ『その感情に名前をつけたなら』お昼に再放送もやってるよ」

  ×  ×  ×

「これ、ドラマなの?」

テレビで放送されていたのは『その感情に名前をつけたなら』という見たことのない戦隊モノのドラマだった。
かなえは“文字”が書かれたノートに、まるで返事でも返すように続きを書いた。

『誰かを心から愛せたら幸せなのだろうか?結婚することが幸せなのだろうか?』

かなえはノートを閉じると、ため息をひとつついた。


来週金曜日に続く

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