文字だけの君 第八夜 〜ねぇ、どうしたらいい?答えてほしい君〜
今週も金曜日の夜がやって来た。
かなえは仕事を終えると、足早にあの店へと向かった。
暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。
奇妙なラーメン屋は、今日も変わらず同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。
数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。しかし、それももう気にならない。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。
かなえは、券売機でつけ麺のボタンを押す。新しい試みである。
食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐにつけ麺が出てきた。
まるで、かなえの選択を見抜いていたかのようだ。
これには、かなえも少し驚いた。
「間に合ったー」
かなえはお決まりのテレビの横の席に座った。
テレビでは、『その感情に名前をつけたなら』が放送されていた。
× × ×
エモーション「彼は君を助けようと奮闘しているようだよ」
捕らわれの身、若い女アルマに怪人エモーションは語りかける。
アルマ「人の感情とは、なんなんでしょうね。彼はわたしのどこが好きなんでしょう」
エモーション「人を愛するという気持ちは、実に不思議だ」
アルマ「本当のわたしを知っても、彼はわたしを愛せるのでしょうか…」
× × ×
「本当のわたし…!?」
ドラマを気にしつつ、かなえの目線はノートにいっていた。
テレビの横にある古くぼろいノート。その横にはボールペンがひとつ。
かなえは、ノートを手に取り、開いた。
そこには、“鋤柄直樹(仮)”からの続きの“文字”が書かれていた。
『もちろん、ラーメンが好きです。そして何より、この店が好きです。ここにいると、素の自分でいられる気がするんです。』
「わたしもです。鋤柄さん」
ノートにある“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。
『わたしもここに来ると、なんかホッとします。婚活パーティーというものに、行ってみるべきなんでしょうか?そんな短い時間で、本当の姿が分かるのか…わたしはただ臆病になっているのか…。』
かなえは相談するかのように、鋤柄に尋ねるかのように、“文字”を書いた。
何かに期待しているか、どうしたいのかは自分でもよく分からない。
けど、何故か書かずにはいられなかった。
かなえが帰宅すると、リビングにいた風呂あがりのひとみが話しかけてきた。
「お姉ちゃん最近、金曜いつも遅いね。どこ行ってるの?」
「え…?」
「まさか男?」
「え?まさか」
「太った?」
「はっ!?」
まさか、男なわけがない。
むしろ、男だったら助かったんですけど。
ん?男?
鋤柄さん…
鋤柄さんは、男…
いやいや、わたしったら何を…
完全に原因は分かっていた。そう、ラーメンだ!!
本当のわたし…
かなえはこれまで放置していた、埃のかぶった体重計を取り出した。
恐る恐る体重計に乗ってみる。
「ぬはっ!」
かなえは思わず声を出した。
体重は増加していた。
毎週ラーメンを食べてきたつけが、ついに体重となっていた。
それは、見事なつけ麺だった。
来週金曜日に続く
11/3(火)は『怪人エモーションの日常』をお届けします。
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