文字だけの君 第六夜 〜わたしを受け止めてくれる、名も知らない君〜
休日明け、オフィスに行くと後輩の美智子が言った。
「どうして合コンの二次会来なかったんですか?先輩のために開いたのにー!」
「若い子だけの方がよかったでしょ」
「気にしすぎですよー。で、わたし次のデートの約束もしちゃいました」
「そっか、そうなんだ」
わたしには二次会のカラオケより大事な場所がある。
先輩のためになんて、何もなっていない。
しかし、次のデートにまでこぎつける後輩は、ある意味尊敬する。
わたしは年齢を気にし過ぎなんだろうか?周囲はわたしが思うほど何も思っていないのだろうか?
いや、そんなことはないはずだ…
今週も金曜日の夜がやって来た。
かなえは仕事を終えると、足早にあの店へと向かった。
暗闇の中に、明かりがついた一軒の店が見えてくる。
店の戸には、のれんがかけられており、そこには『ことだま』とある。
奇妙なラーメン屋は、今日も変わらず同じ場所に存在していた。
かなえは、店の戸を開けた。
数人の男性客が黙々とラーメンを食べている。かなえに目を向ける者はおらず、店内は異様な空気が漂い静まり返っていた。
店内には一台のテレビがあり、テレビの横には一冊のノートとボールペンが置かれていた。
奥では店主らしき人物が麺を湯切りしている手が見える。
かなえは、券売機で味噌ラーメンのボタンを押す。食券を厨房のカウンターへと出した。
食券を出すなり、顔が見えない店主からすぐに味噌ラーメンが出てきた。
かなえはテレビの横の席に座った。
テレビでは、『その感情に名前をつけたなら』が放送されていた。
× × ×
改造人間シオンが、怪人エモーションに指摘している。
シオン「年齢に合った行動をしろと言っているだろ!恥ずかしくないのか!」
エモーション「だから我々怪人に年齢という概念はない!何度言ったら分かる!」
スマートフォンを出すエモーション。そこに、なにやら入力をする。
エモーション「年齢によって行動を制御する。これも人間の生態なのか!」
シオン「やめろ!メモるな!」
エモーション「人は悲しい生き物だな。人目を気にして自分の心に嘘をつくのか。自分の気持ちに素直に生きる、怪人の方がよっぽどまともじゃないか」
× × ×
「一週間見ない間になんという展開よ」
でも、怪人エモーションの言う通りかもしれない。
わたしは年齢を気にして、行動を制御している。
それは、わたしが人間だから?
わたしが今、大学生だったら、20代だったら、日々どんな言動をしているのだろう。
もしかしたら、オムライスにケチャップでハートを書いて、手作りチョコとか言って溶かしただけのチョコを男に渡していたのかもしれない。
手作りって言うなら、まずカカオから作れや!そう、未来のわたしが言うのだろう。
というか、怪人なのにエモーションはスマートフォンを持ってるのか!?
テレビの横にある古くぼろいノート。その横にはボールペンがひとつ。
かなえは、ノートを手に取る。
「余計なこといっぱい書いちゃったんだよなぁ…」
かなえは、そっとノートを開いた。
そこには、続きの“文字”が書かれていた。
『カッコイイと思います。自分の考えをしっかり持っていて。人目を気にして一人でラーメンを食べられない女の子は、人生一つ損していると思います。』
「そんなこと、言ってくれるんだ…」
ノートを見て、かなえはホッとしたように微笑んだ。
× × ×
若い女、アルマが水晶玉越しにシオンとエモーションの戦いを見ている。
アルマ「わたしを救うために…?」
× × ×
ノートにある“文字”に返信でもするように、かなえは続きを書いた。
『名前、なんて言うんですか?教えてくれませんか?わたし、中条かなえと言います。』
かなえはノートを閉じた。
来週金曜日に続く
10/20(火)は『怪人エモーションの日常』をお届けします。
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