EUは2035年以降もエンジン車容認に方針転換
先日、日経新聞で「EU、エンジン車容認で合意 合成燃料限定で35年以降も」という見出しの記事を読み、少し驚きました。なぜなら、昨年10月にEUは2035年以降ガソリン車の新車販売を禁止する決定をしたという記事を読んだからです。EUは、わずか5か月でネットゼロ達成の目玉政策である自動車政策を転換したことになります。本稿では、EUの自動車政策がどのように変更されたのか、方針転換の背景、EU自動車市場の未来について、解説したいと思います。
過去の方針(2022年10月時点)
EU内で二酸化炭素(CO2)を排出する乗用車と小型商用車の新車販売が2035年までに禁止する
目的はEU内で電気自動車(EV)などのゼロエミッション車への移行を推進すること
販売禁止に含まれる車種には、ガソリン車やハイブリッド車、プラグインハイブリッド車が含まれる
2035年以降販売できる新車は、EVや水素を使う燃料電池車と呼ばれるゼロエミッション車に限られる
新たな方針(2023年3月時点)
2035年以降はEU内の新車販売の全てを原則ゼロエミッション車にする
全体としてEV移行を進める方針は堅持する
例外として合成燃料を使用する新車販売を容認する
今後、合成燃料の利用に関する制度設計に着手する
バイオ燃料を利用した車の販売は2035年以降禁止される
なぜ方針転換したのか?
昨年10月に合意された当初案が修正された背景には、複数の大手自動車メーカーを持つドイツが内燃機関車(エンジン車の容認をEUに強く求めたためです。ドイツがエンジン車の容認を求めた理由は、EV化による自国の自動車産業への影響や昨今の電気料金の高騰を懸念したことが考えられます。EVへの移行に伴い、ドイツでは2030年までに数十万人の雇用が失われる可能性があるとも言われています。
2035年以降のEU自動車市場
今回の方針転換により、EU内では2035年以降もエンジン車がEVと共に併存する未来が予想されます。
合成燃料とは?
合成燃料とは、CO2と水素を合成することで作られる燃料のことです。原料のCO2は、発電所や工場などから排出されたCO2を利用します。また、水素は再生可能エネルギーによる電気分解で得た水素を利用します。合成燃料は燃焼時にCO2を排出しますが、合成時に使用したCO2と相殺されることで、カーボンニュートラルな燃料と呼ばれています。そのため、合成燃料を使用する自動車はゼロエミッション車と分類することができます。
合成燃料の特徴
合成燃料の特徴は、化石燃料を由来とするガソリンや軽油などの液体燃料と同じようにエネルギー密度が高いことです。エネルギー密度が高いということは、少ないエネルギー資源量でも多くのエネルギーに転換することができることを意味します。この合成燃料の特徴は、ガソリン車に加え、動力源を電気・水素エネルギーに転換させることが難しい移動手段である航空機や船舶に利用できるというメリットがあります。つまり、合成燃料は自動車(エンジン車)や航空機、船舶などの既存の構造や設備を変えることなく利用することができ、CO2削減にも寄与するという特徴があります。
また、合成燃料は常温常圧で液体であるため、長期備蓄が可能です。災害時対策としての利用や地政学リスクによる原油・ガス価格が高騰した場合の代替利用など、様々な用途で活用できます。そのため、今後大量生産が可能となれば、エネルギー安全保障の面からもメリットがあると考えられています。
合成燃料車の課題は何か?
合成燃料車の課題は、合成燃料の生産コストがガソリン価格に比べて高いことにあります。現時点では、ガソリン価格と比べてかなりの数倍の差があると試算されており、合成燃料が乗用車向けで商用化される目途は立っていません。また、合成燃料の製造が拡大した場合でも、早期の電動化が難しい移動手段である航空機や船舶で優先的に使用される見込みで、乗用車向けの供給は限られるとの見方もあります。