我が家の弾丸ドライブとほんわか老夫婦
数年前の秋の日、妻と青森までドライブに行った時の話である。
どうしても「青池」を見たいと、けして近場ではない青森まで車を走らせたことがあった。
我が家では勢いや思いつきで遠出をすることは珍しくない。
その日も朝になって「青池を見に行こう!」という勢いだけで決めたのだ。
しかし、そうした思いつきで遠出をするのも、けっこう楽しいものである。
目的地に着くまでの時間と距離を考えると、ドライブというより日帰り旅行という方が正確なのかもしれない。
それでも行くと決めたら突っ走るのが夫婦共通のルールみたいなものだ。
そもそもがドライブとして出かけるため、特別にオシャレなどはしない。
簡単な身支度に簡単な妻の化粧。
それだけ済ませたらサッサと車に乗り込む。
換気がてらに窓を少しだけ開けたら、あとは青池を目指して進むだけだ。
こうして時間に余裕があるとき遠出をすると、いつも二人で自慢に思うことがある。
それは、とにかく天気がいいということ。
あえて確率にすると、平均にしても97パーセントの高確率なのだ。
「今日もよく晴れてるね!日頃の行いがいいからかな~」
なんの確証もない決まり文句のような言葉を決まって口にする妻。
そうは思いながらも相槌を打つわたし。
いったい日頃の良い行いとは何なのだろうか。
さっぱりわからないが、そう思えてくるほど天気には恵まれる。
世間ではこういうのを晴れ男・晴れ女と言うのだろうが、私たち夫婦がそれを自負したことはない。
台風情報は気になるが、毎日の天気予報は気にして見ないという感じだ。
普段は外を見て勝手に予想することがほとんどである。
だからこそ、遠出をするときの青空が特別に見えるのかもしれない。
前に岐阜に行った時なんかは、晴れることはないであろうドシャ降りに出くわしたのだが、そこに向かっていくと嘘のように光が差したことがあった。
さすがにその時は「やっぱ俺たちもってるな」と自画自賛した。
そんなことも思い出しながら車を走らせる。
天気のいい秋の日は、程よく暖かくて風も心地よい。
道中に車の中で飲むコーヒーは、なぜこんなにも美味しいのだろうか。
コンビニでいっしょに買ったプチシューが絶妙に合う。
それにしても、青池とはどんな池なのだろう...
もちろん青い色をした池であることはわかる。
しかし、インターネットやテレビからの情報だけでは青池がもつ良さの一部しかわからない。
ただ、世界遺産・白神山地にある「十二湖」の一つであること、神秘の池と呼ばれていることだけはわかっている。
青森といえば、なんと言っても「ねぶた祭」のイメージが強い。
一度は目にしておくべき東北三大夏祭りの一つとしても有名だが、大迫力のねぶたと活気あるハネトたちが、より一層強い祭りのインパクトを与える。
また、弘前の「ねぷたまつり」や五所川原の「立佞武多祭(たちねぷた)」なども有名なことから、それぞれの違った特徴が楽しめるのも魅力である。
しかし、いくら「ねぶた祭」のイメージが強いからといって、青森にある他の魅力を忘れてはならない。
りんご!大間のマグロ!せんべい汁!いちご煮!などなど。
もちろん、そういった名物や郷土料理も青森の魅力ではあるが。
美しい自然の観光名所なくして青森は語れない!
と、偉そうにツウみたいなことを言ってみる。
だが、けして間違ってはいない自分の意見に自分でホッとする。
バカひとりが自問自答して能天気にハンドルを握っている。
このままのペースで行けばゆっくりと青池が見れて、他の観光名所に行ける余裕もあるだろう。
妻は助手席でスマホゲームに夢中である。
そのため今回は運転をしてくれないみたいだ。
私は好きな曲を聴き、ときどき歌ってみたりした。
そんなひとりカラオケみたいなことをしていると、あっという間に青池まで残りわずかなところへ来た。
周りには森林と田んぼがある。
良き田舎の風景といったのどかな感じがいい。
全体的に紅葉真っ盛りとまではいかないが、ちらほら葉っぱが色づき始めていて秋を感じる。
それにしても、こんな場所に神秘の池があるのか?
という多少の不安もあったが、どうやらその心配はしなくてもよさそうだ。
少し行った所を右に曲がり、秋のブナ自然林を抜けて行く。
木漏れ日に導かれるかのように奥へ進むと、ようやく青池に到着した。
平日の早い時間帯ということもあってか、まだ駐車場が空いている。
予定より早くに到着した分ゆっくり青池と自然林を散策できるだろう。
そう急ぐこともないし、まずは一服でもしよう。
あらためて調べてみると、この辺り一帯が十二湖と呼ばれる場所のようだ。
大小さまざまな湖沼群を「十二湖」と言うようだが、厳密には33もの湖沼を指すのだという。
白神山地の大崩山からだと12の湖沼が見えたらしい。
だから「十二湖」という名称がついたようである。
それを知ると、十二湖という場所が少しばかり謎めいたものに思えてくる。
こういった事実が男の冒険心をくすぐり、また多くの人々を魅了するのだろうと思う。
しかし、十二湖すべての湖沼を散策する余裕まではない。
非常に残念ではあるが、今回は「青池」散策だけに集中しよう。
そう決めると二人で車を降りた。
少し高い位置にある駐車場を下っていくと、十二湖案内図の看板が目に留まる。
その案内図を見ると【青池➡0.6km】の文字が書いてある。
青池まで自然の中を散歩して行くにはちょうどいい距離だ。
まだ多くの緑が残る森林だが、肌で感じる風や木々の匂いが秋の訪れを教えてくれている。
時折りみる葉の色づきも、どこか可愛げに秋を知らせてくれているようだ。
ほどなくすると湖なのか沼なのか、水面らしきものが見えた。
ここに着いてからわかったのだが、青池は「鶏頭場の池」の奥にあるのだ。
私は最初この「鶏頭場」の字が読めなかった。
どうやら「けとば」と読むらしい。
名前の由来は説明するまでもなく、読んで字のごとくお察しの通りである。
池と言うからには池になるのだろうが、それにしては大きすぎるだろ。
池とは沼とは湖とはの定義を疑いたくなる。
ただ、水面に映るブナ林がすごく綺麗だ。
まさに鏡のような水面の景色である。
他の観光客を見てふと思ったのだが、カメラを片手に一人で来てる人が意外と多いことに気づいた。
けっこう若い人が多く、持っているカメラもさまざまである。
私はカメラに詳しくないが、レトロなカメラを持っている人がいたり、高そうな一眼レフを持っている人もいる。
それらの人は写真家なのか趣味なのか、それぞれの視点でこの綺麗な風景を切り取っているのだろう。
カメラ愛好家たちは、レンズ越しに見る世界から何を感じ取っているのだろうか。
愛好家たちよ、素晴らしい写真を撮ってうまい酒を飲んでくれ。
しかし、平日の午前中にこんな綺麗な自然を満喫しているなんて贅沢だ。
森の静かな時間が私たちに癒しを与えてくれる。
空気がおいしいとはよく言うが、その意味がすごくわかる場所である。
耳に聞こえる野鳥の鳴き声も心地良い。
こうして歩いていると、すれ違う人が挨拶をしてくれる。
見ず知らずの人だが「こんにちは」と声をかけてくれると、こちらも自然と挨拶を返したくなる。
ただそれだけのことであるが、挨拶を交わすというのは気持ちが良い。
なんだか嬉しくなるものだ。
さらに団体の旅行客とすれ違うと、砂利のひらけた場所に出た。
同時にここは「鶏頭場の池」の端である。
再度【青池】と書いた看板があったが、距離の表示がない。
どうやらこの先に神秘の池があるようだ。
いよいよ青池だな...
目線の先には階段が見える。
その階段を一歩一歩ゆっくり上がっていくと、目に映る景色は一変した。
「わー!きれい!青いね~」
「すごいな!どうなってんの⁉」
信じられないような青だった。
自然というのはこれ程までに濃い青色を作り出すものなのか。
どう考えても人工的な色のトーンにしか見えない。
これを見た人は、誰しもがそう疑ったはずである。
しかし、そうでないから目を奪われる。
いくら見てても飽きないが、どれだけ見ても信じられない。
それはあり得ないくらいに濃い青だからだ。
インクでも垂らしたような青なのに、すごい透明度である。
ここまで濃いと池の底が見えにくいようなものだが、はっきりと池の様子が見える。
透明でありながら奥行きのある青池は、まさに「神秘の池」にふさわしい。
周りを囲む木々の緑と木漏れ日が、さらに青池を神秘的なものにするのだ。
光の柱がそそぎ込む青と、木々の影が相まった青とのコントラスト。
そこに合わせて境目のグラデーションが素晴らしく美しい。
「ねぇねぇ、魚がいるよ~」
よく目を凝らして見ると、魚が泳いでいる。
ただ綺麗な青い池というだけでなく、生き物がいることで見る者を十二分に楽しませてくれる。
私は、今朝ここに来ることを決めて心から良かったと思う!
「あ!キツツキもいる~!」
木をつつく音の方を目で追うと、今度は私がキツツキを見つけた。
思わず大きな声を出してしまって、少しばかり恥ずかしかった。
「どこにいますか?」
「あそこに...いるよ」
てか、誰なんだこの人は⁉
妻の代わりにまったく知らないおじいさんが返事をしてきた。
しかも、ものすごくニコニコしているではないか!
さらには三人のおじいさん・おばあさんも寄ってくる。
すっかり囲まれてしまった私は、説明せざるを得なくなってしまった。
「あそこです。枝と枝がクロスしている少し下。左側の木です。」
「あぁ~ほんとだね~」
「いたいた!よく見つけたね~」
「何かいるんですか?」
「キツツキがいるんだって。ほら、あそこに。あれキツツキなんだって。」
まるで観光ガイドにでもなった気分である。
すぐそこに女性ガイドさんがいることを考えると、この人たちはバスツアーのお客さんなのだろう。
少なくとも私を囲んでいる人たちは、女性ガイドの話など聞いてはいない。
なぜか私に説明を求めてくるのだが、何をどうしたらよいものか。
よりによって私もわたしで、青池に魚がいることも話してしまった。
そこからまた、あれは何という魚なのか、こんな青い池にどうして魚がいるのかという説明を求められるのである。
何度も訪れている地元の人間にでも思われているのだろうか。
しかし、さすがにそこまでのことはわからない。
ただ、あまりにも皆さんがニコニコと接してくるため、私も嫌な気はしなかった。
むしろ子供のように目を輝かせていて可愛らしい感じがする。
きっと、子供の頃に戻ったようで楽しいのだろう。
すると、また一人のおばあさんがこちらに来た。
こうも私のところに来てくれると、今日の自分はずいぶんと人気者である。
「こんにちは。すみませんね。あなた何を勝手に話してるの~」
「このお兄さんにキツツキのことを教えてもらったんだ」
そのおばあさんは最初に話しかけてくれたおじいさんの奥様だという。
おじいさんと同様にニコニコと笑顔が可愛らしい人だ。
仲睦まじい夫婦だということは、二人を見ていればすぐにわかる。
こちらに来た時、おばあさんは自然とおじいさんの手を握った。
そして、おじいさんもクッと優しく握り返していた。
握り合った二人の手からも阿吽の呼吸というものを感じる。
いまさら手を握るなんて恥ずかしいという夫婦も少なくはない。
でも、この二人を見ていると、長年連れ添ったご夫婦というより恋人同士のようでほのぼのとする。
人生の先輩に対して言うのは失礼かもしれないが、本当に可愛いご夫婦だ。
私たち夫婦も二人のように仲睦まじい感じでいられるのだろうか。
まさに絵に描いたような理想のご夫婦である。
つないだ手のシワを見ると、たくさん苦労もあったんだろうなと思う。
シワというのはまさに年輪のようなもので、それぞれの経験や人生そのものを物語っているのだと思う。
勝手にそのようなことを想像してみるのだが、握られた二人の手からは苦労だけでなく、互いを思いやる優しさや愛情がにじみ出ている。
それにあの笑顔がとても素敵である。
年をとっても輝いた目をしていて、多くを語らなくても表情から互いの心を読み取っているようだ。
こうして一緒に旅行に来て、綺麗な景色を見て、同じ時を過ごす。
いま二人にとって最高に幸せな時間なのだろうなと思う。
そこに私のような者が入ってよいのかどうかは甚だ疑問である。
青池も素敵な場所だが、この二人も負けないくらいに素敵なご夫婦だ。
こんなに仲良くいられるなんて羨ましい。
「あ、キツツキ見れてよかった。教えてくれてありがとう。お兄さんはこれからどこか見てまわるの?」
「自分は妻とドライブに来たんですけど、なんせ弾丸ドライブですからね。十二湖はここだけにして、あとは十和田湖と奥入瀬渓流に行きます。」
「そうでしたか。奥さんはどこに?」
「あのー、青池の前で微動だにせず魚を見ているのが妻です。」
「あ、そうですか。若いね~。私たちはツアーで来てるからそろそろ行くんだけど、お気をつけて楽しんでくださいね。
それじゃ、さようなら。キツツキありがとうね~」
そう言うとおじいさんとおばあさんは仲良く歩いて行った。
私はけしてお兄さんではないが、何でも若く見えるのだろうか。
でも、ありがとうと言ってもらえてよかったな。
すごく不思議な時間だったが。
「なに話してたの?ずいぶんとご老人に囲まれていたけど 笑」
「あー、世間話だよ」
今ここで事のすべてを話すのは長くなるので後にしよう。
ご夫婦の後ろ姿を見送ると、私と妻は自然林を散策した。
その後はおじいさんに話した通り、十和田湖ドライブと奥入瀬渓流の散歩を楽しんだ。
青池で出会ったおじいさんとおばあさんのように手をつないで 笑
〈チッチと出目金ぷっぷのひと言〉
思いつくままに行った弾丸ドライブでしたが、美しく神秘的な青池を実際に見れたことは、本当に良い思い出となりました。
また、可愛らしい老夫婦にもすごく癒されました 笑
はじめは妻にキツツキがいることを教えたつもりだったので、おじいさんがいた時はかなり驚きました。
しかも、他のご老人たちまで寄ってきたので 笑
はっきり言って漫画でした。
キツツキや魚を追うその目は、子供のように輝いていました。
きっと、汚れのない綺麗な心を持っているのだと思います。
おばあさんがおじいさんの手を自然と握ったとき、お二人の愛情や絆が垣間見えたような気がしました。
だまって手をつないで、だまって握り返す。
なんだか私まであたたかい気持ちになれて癒されました。
つないだ手のシワの数だけ幸せや思い出があるのだと思います。
とても羨ましく思いました 笑
年を重ねてもああやって手をつないでいられることは、すごく素敵なことなんだなぁと思いました。
今でもほっこりします。
いずれあのご夫婦と同じ歳になったとき、私たちも仲睦まじい夫婦でありたいと思いました。
人は年を取るのは嫌だと言いますが、あの二人を見ているとさほど嫌なことではなく、むしろ年を取ることは素敵に思います。
青池の美しさとご夫婦の愛情の深さから、お互いを思いやる心の在り方や、人が年を重ねることの意味を教わったような気がします。
それでは、また次のお話で。
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