もう一度恋をして


これは2年前のこと

今年の夏、夫は甲子園に夢中でエアコンがよく効いた部屋から一歩も外に出ません。「こんなことしていると本当に歩けなくなるよ。リハビリでも兼ねてプールにでも行ったら」と言うと「行くまでに日射病になる。夏はエアコンの効いた部屋にいるに限るよ」なんて言い切る。

 脳出血で倒れて早3年がたちました。半年の入院後、1年は会社に通い、ゆっくりだけど結構歩けていましたが、今ではお弁当の蓋も開けてと言います。あの辛くて楽しかった入院の頃の夫はどこへ行ってしまったのでしょうか。

「ご主人が倒れました」平穏な日々の生活の中、一報が私の生活を変えてしまいました。駆けつけたとき、夫の左手、左足はだらりとしたまま動きません。「脳出血なのでいくら早い治療でも、後遺症が残りますよ」と言われてしまいました。

 それからのリハビリは二人で一人、同じ方向を見ていました。あの頃、また以前の生活に戻れるように必死だったのを思い出します入院3週間後、夫は全身の力を込めてリハビリのコヨリをよります。新聞がくしゃくしゃになっているのを眺めながら「えー、これコヨリなの?ゴミにしかえないけど」とおちょけて言う私は、涙が滲んでいました。

リハビリ病院に転院する前日の夕焼けはいつもより赤く、それを病院の窓から二人で眺める姿を看護婦さんに、「まるで恋人のようだね」とからかわれてしまいました。

 その後転院したリハビリテーション病院では同室の患者さんに恵まれ、辛いリハビリも楽しく過ごした夫
食事後の団欒;同室の方と笑い合う声を背中に、トボトボと家に帰ったわたしは一人が寂しくて寂しくて仕方がありませんでした。

 そのせいでしょうか、夫が半年ぶりに帰ってきた時には、ますます一体感を感じてしまったのです。わけもなく見つめ合い、わけもなく手を握り、夫が何をしたいか何をしたら喜ぶのか、いつも考えていたあの頃。そばにいてくれることが嬉しくて、声が聞こえる事が嬉しくて、何をしていても一人じゃないことが心の支えになっていました。

何もないのに顔を見つめて「どうしたの」なんて夫に言われることはしょっちゅうでした。夫の笑顔の為なら何でもしたい、わたしの大切な人なんだと再認識したその時、わたしはこの人に恋をしていたのです。

 付き合い始めたあの頃の、いつも一緒にいたいという思い。そうです、恋心がハートを貫いていました

 しかし日が経つにつれ、夫と私は見る方が違ってきました。「ねぇ毎日一度くらい外に出かけなくっちゃ」「できることはやったら」だの「家中、モップで床拭き回るのもリハビリになるから」なんて上から目線でいい込めます。

しかし夫はそんなことはではめげず、私がちょっとあけっぱなしたドアに「エアコン効かん、早く閉めろ」と反撃します。「あーあ、あの頃が懐かしいわ
退院してきたばかりの頃」と言うと、「あのときは、俺も弱かったから」と一言。

 恋の炎はいつしかくすぶり始め、今では消炭状態となっています
しかし、二人の関係は支え愛と助け愛、まだまだ愛は溢れています。

こんな時もありました
これを書いてから 2年の月日が経ちました

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