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DEADLY CURSE AND BLUE POP 4
垂直落下してくるソフィアが両手を大きく広げる。キィン、と鋭い音が響くと、その両手には途方もなく巨大な剣が顕現した。引き絞った両腕が振り下ろされる。巨大な剣は雷神の鉄槌の如く大地を砕き、《黒山羊》の群れを消し飛ばした。
光の翼をはためかせ、ソフィアはふわりと着地する。白いコートの小さな背中が、膝立ちの私を護るように立っていた。一角を消し飛ばされた《黒山羊》の群れは、離れた位置でこちらの様子を窺っている。
「ご無事ですか?イズミさん」
彼女は前を見据えたまま問う。お陰様で、無事だ。私は思わず問い返した。
「ソフィアさん…どうして…」
どうしてここにいるの。どうやって結界を超えてきたの。呪いはどうしたの。どうして、私を。
「…お忘れですか?」
ソフィアはようやく振り向き、ニヤリと笑った。
「私は、冒険者ですよ」
「…いや、前々から調べてたんですよ」
呆気に取られた私の後ろから、別の声が上がった。振り向くと、光の柱の前に小柄な影があった。槍を携えた緑髪のララフェル—スズケンさんだった。
「あなたが抱えている深刻な悩み…それが何なのかって、ね」
ぱちり、とウィンクを飛ばしてきた。他の光柱からも続々と人影が現れる。
「なかなか厄介な呪術だったけど…。ま、私にかかれば、ね」
魔導書を携えた妖艶なヴィエラ族の女—リンダ・ヒュームが呟く。
「いつぞやはウチのサチコが世話になったね。恩は返すよ」
リンダは私のそばまでやってきて手を伸ばした。私はその手を取り、立ち上がる。更に冒険者達が現れる。
「あなたの生き方に口出しするつもりは無かったけど…抱え込みすぎよ。」
紅の突剣を携えた長身のエレゼン、トリニテ・ドギィ。
「終わったら、なんか奢れよ」
銀の髪と褐色の肌、ぎらついたハーフミコッテ、サン・ゴッドスピード。
「よくわかんないけどさ、全部やっつけたら良いんだよね?」
歯車輝く斧を携えた桃色サイドテール、リリア・ウォーカー。
「傷なら私が癒します!さぁ!行きましょう!」
ウェーブがかった灰緑髪に、黄色いリボンのついた帽子の女が勇ましく幻具を構えた。………。
「え……誰…?」
「………」
わずかな沈黙の後、灰緑髪の女は懐から鳥のマスクを取り出し、それを被った。
「人間不信の…不審鳥…」
「ウッソ」
立ち尽くす不審鳥の横でサンとリリアがコソコソと耳打ちし合っていた。
(((なんでアイツ呼んだんだよ…!)))
(((しょーがないじゃん…!急いで来れる人、他にいなかったんだから…!)))
「さ、イズミさん。行きますよ」
ソフィアは私に向き直り、手を差し出している。この狂気の空間にあって、希望溢れる笑顔だった。私は…その手を取ることが、出来なかった。笑顔を正視することが、出来なかった。
「私に…そんな資格が…あるの…?」
私は、ようやく切り出した。
「当たり前じゃないですか!」
ソフィアは明るく即答した。
「あなたは、私達の仲間でしょう!」
鼓動が、跳ね上がった。私は、ソフィアの顔を見る。
「…呪われた私が、不甲斐ない私が、あなたたちの……あなたの、隣にいて、いいの?」
「当然です!」
「………私は」
「イズミさん!」
ソフィアは改めて私の名を呼んだ。
「この妖異達を倒すことが、あなたの夢ですか?」
ソフィアは《黒山羊》の群れに、狂気の空に剣を向けた。
私は、私の人生を台無しにした妖異を殺す事、それだけの為に生きてきた。それが旅の始まり。だけど、今は、今この胸に燃える灯火は。
「…違う」
私は拳を握りしめ、答えた。
「…私は、旅がしたい」
想いが、溢れる。
「あなたのように!大地を駆けて!海を渡り!天の果てまで辿り着くような、冒険の旅が!」
「だったら…こんなところで止まってる場合ではありませんね!」
「うん…!ありがとう…!」
私は、ソフィアの手を取り、力強く握った。
「あいつらをブッ飛ばすの、手伝って!」
「えぇ、お任せください!」
堰を切ったように、《黒山羊》の群れが押し寄せてきた。だけど、もう恐れは微塵も無い。
「死の記憶に眠る音の響き、我が腕をして閃光とならん!」
稲妻をまとった小さな影が私達を飛び越していく。スズケンさん!
「天鼓雷音稲妻突き!」
電撃が乱れ飛ぶ槍撃が妖異をまとめて串刺しにした。そのまま巨大な妖異を蹴り渡り、次々と仕留めていく。
「さァ!存分に暴れな!バハムート!」
スズケンさんが暴れ回る上空をリンダの召喚した青い龍王が舞う。全身から放たれた光芒が螺旋を描き、妖異を蒸発させていく。
「久しぶりに…腕比べといこうかしら」
「ハッ、いいよ。私の勝ちだろうけどね」
トリニテとサンのマナがぶつかり、火花を散らす。
「「レゾリューション!!!」」
紅蓮の灼熱が螺旋を描き、妖異を消し炭に変えていった。
「どおりゃあぁぁぁぁッ!!!」
歯車の斧は一体どこへやったのか。原初の魂全開のリリアは赤い目を輝かせ、次から次に妖異を殴り倒し、蹴り倒し、投げ飛ばしていった。
「…これ、私なんもする事ないな」
不審鳥は仲間達の戦いを尻目にもくもくとパンを齧っていた。だが、その目が不意に輝きを放つ。素早く掲げた幻具から膨大な数の光弾を放ち、私とソフィアに迫る妖異を消滅させた。
「私以外で百合に挟まるやつは——容赦しねェ——プロだからな——」
何のプロだ。
「イズミさん、私たちも!」
…そうだ。見惚れてる場合じゃない。私は守られる為にここにいるんじゃない。私は今一度刀を抜き放つ。渦巻くデュナミスを纏った刀身は、希望の光で輝いていた。
「…うん、行こう!ソフィア!」
◆◆◆
永い、永い闘いだった。英雄達の総力を結集してなお、狂気の軍団は無尽蔵に沸き続けた。それでも私たちは、絶望の淵に叩き落とそうとする妖異に抗い続けた。
少しでも気を抜けば命を散らす、そんな極限の中にあって、私は笑っていた。狂気に身を委ねたわけでも、正気が削られきったわけでもない。仲間がそこで戦っている。背中を預けあえる誰かがいる。それだけ。たったそれだけのことが、こんなにも胸を熱くさせた。
呪いも妖異も、私が戦わなくても、この中の誰かがいつか制してくれたかもしれない。弱かった私の選んだ道は最善ではなかっただろう。だけど、そんな孤独な戦いの果てに今がある。憧れと、肩を並べている。私の歩んだ道に、無駄なものなんて、何も。
「波、切りッ!」
私の剣閃が妖異をまとめて斬り裂く。その先に妖異はいない。広がるのは、狂気の空ばかり。ここだ。ここしかない。
「皆さん!パワーをイズミさんに!」
「いいですともォ!」
ソフィアの号令に不審鳥が応え、腕を掲げる。戦場の仲間達も、その力を私に注いだ。溢れんばかりのデュナミスを託された。私はあるがままの心に従い、刀を高く掲げた。
今一度、狂気の空を見る。人体のパーツがデタラメに配置された空。こんな現象そのものを私は斬ろうとしている。まともじゃない。でも、今ならなんだって出来る。あの娘が無尽光を斬り裂いて闇を齎したように!私は舞うように刀を振り、居合術の構えを取る。あらん限りの力を刃に込めて、刀を空に振り抜いた。
生 者 必 滅 !!!!
解き放たれた光は空を登り、狂気を斬り裂いた。光が駆け抜けたその先には、名状し難い色彩の虚空が広がっていた。《黒山羊》全てが苦しみもがき、消え去っていった。
引き裂かれた「それ」は死んでなどいなかった。「それ」は空間・事象そのものであり、そもそも生き死にの理の外にある。小さい定命種が想定よりも強い力を出した。それだけだ。
ただ、非常に不愉快であった。自分の営みをこうも邪魔する定命種は鬱陶しくて仕方がない。そう心から思った。だから「それ」は、これ以上自分に関わらぬよう、定命種につなげた「楔」を外した。そして意識を虚無の底に沈め、眠りについた。
少し眠って起きた頃には、おそらくこの定命種自体が滅び去っているだろう。そうすれば、また平穏無事に営みが続けられる。その日を夢見て「それ」は意識を途絶えさせた。
「やっば、転移魔法、発動しない!」
「帰れない…ってコト?!」
狂気の空が崩れ落ち、妖異は全て爆発四散した。私の呪いもどうやら消え去った。喜びに湧くのも束の間、空間が崩れ去っていく中で、私たちは脱出手段を見つけられず立ち往生していた。
「何か…他にないの?!」
「ソフィちゃんさぁ、次元の穴開けんの、上空すぎんだよ」
「し、仕方ないじゃないですか!あと一歩遅かったらどうなってたか!」
「おしまいだ〜!!!」
「静かにしてくださいよ!いま他の方法を考えてるんです!」
「だれか〜!!!!!」
「ふ…ふふ…あははは!!!」
あれほど勇猛に戦っていた英雄達が、急にさもしい争いを始めた。それがなんだか可笑しくて、私は思わず笑ってしまった。本当にここで死ぬのかもしれないのに。私も相当ネジが飛んでしまっている。
「だれか〜!!!!!」
英雄達がそう叫んだ時、遥か頭上の次元の穴から巨大な鯨が飛び出して来た。かつて世界を混乱に陥れたテロフォロイの塔のような意匠の、禍々しい鯨だ。あれは…ルナホエール?!
「あ!いたいた!おーい!!!」
鯨の窓から2人のアウラ女性が顔を出した。あれはたしか、ローリィ・ルージュとシア・ブラヴァツキー!2人の乗ったルナホエールは一気に私達の前に降下してきた。
「早く!早く乗って!」
「それ八人乗りじゃなかった?!いける?!」
「スズケンさん小さいから、いける!」
「ピィーッ!七獄に十二神〜!」
「うわ!不審鳥?!置いてっていい?!」
「オイ!なんか私にアタリが強くねぇか?!今回!!!」
「狭い〜!!!」
「行くよ!捕まってて!」
ローリィが扉を閉めると同時に、シアは最大船速で次元の狭間に飛び込んだ。異常な色彩が支配する空間の中で、私たちはエオルゼアに帰り着ける事をただただ祈った。
◆
◆
◆
桜もすっかり散った霊二月。ソフィアのFCハウスの正門前で、私は圧の強い外装を改めて目に焼き付けていた。
「忘れ物は、ありませんか」
隣に立つソフィアが柔和な顔で問うてくる。
「うん、大丈夫。何か忘れてたら、また取りに来るから」
「いつでも、尋ねてきてくださいね」
あの戦いから帰還して、私は改めてリンダ達に身体を調べてもらった。呪いは綺麗に消えていた。無論、他も感染者も。悪夢に苛まれる日々は、終わったのだ。
「リテイナー枠も、開けておきますから」
「ありがと。でも、新しい人、雇ってあげて」
私は旅に出ることにした。
顛末を、故郷の人々に伝えなければならない。それが終わったら、スズケンさんの誘いに乗って遺跡探索に出掛ける。古イヴァリース時代の新たな遺跡にまたもや挑むのだ。その後だって、行きたい場所はいくらでもある。もうリテイナーとの兼業は無理だった。リテイナーベンチャーにかこつけて彼女に会いに行く日々は、終わりを告げた。
だけど、淋しくはない。もう、私を縛るものは何もない。私は私の、彼女は彼女の冒険がこれからも続いていく。旅を続けていれば、またすぐ道は交わる。
「…テオドアがバカなこと言ったら、教えて。すぐ殴りにいくから」
「…ふふ、そんな事でお手間は取らせませんよ」
そう言って彼女はぐっと拳を握った。本当に、いらない心配だ。
「…じゃあ、そろそろ行くよ」
私はハウスから繋がる道の先を見た。
「えぇ、どうか、よい旅を」
「ありがとう。また…会いましょう」
私は彼女に背を向けて歩き出す。私が角を曲がるまで、彼女は門の前で見送っていることだろう。
曲がり角にあるハウスの庭に、わずかに花を残した桜があった。終わらせたはずの想いが少し痛んだ。それでも、私は振り返らず角を曲がった。春の風が通り過ぎていった。
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【了】
EDテーマ:三月のパンタシア「醒めないで、青春」