「与えられたものをどうするか」1年・珍田 遼太郎
こんにちは。
初対面の先輩に基本的に接し方を戸惑われるであろう河村光之朗から紹介を与りました、珍田遼太郎です。
前期僕は様々なことを経験したので、それらをもとに振り返っていきたいと思います。
5月、上智大学体育会サッカー部に正式入部が決まり活動を開始した。入部前にホームページでどんな選手がいるのかを見た時に全国レベルの高校出身やユース出身の選手が多く、この中で自分がどれだけ通用するのかというチャレンジャーの気持ちで、のびのびサッカーをすることができていた。
6月になるとIリーグの初戦があったため、Iリーグのスタメンを意識するようになっていた。この頃Iリーグのメンバーに関わっている選手が怪我をしてたこともあり、運よくスタメンを掴み取ることができた。自分より上手い人たちと一緒にスタメンに選ばれたことが嬉しくて、絶対スタメンから落ちたくなく、ミスしないようにということが、常に頭の片隅にありながらサッカーしていた。
この感覚を味わったことがある人は分かると思うが、この状態の時はいいプレーはできなくてミスばかりになってしまうのだ。案の定いいプレーはできず、わずか2試合でスタメンから外れ、ついにはメンバーからも外れてしまった。その後も自分で納得できるようなプレーをすることもできず、他の選手がIリーグのメンバーに呼ばれるのを聞く度に「また選ばれなかったなぁ、、」とメンタルにぐさぐさ刺さっていた。自分の練習中なのにIリーグのメンバーの練習が気になって自分のサッカーに集中できなかったこともあり、正直楽しいものとは言えなかった。
そして7月、ここでとてつもないチャンスを貰えた。Iリーグに出場したことのある1年生が僕だけだったこともあり、Aチームの練習に参加する機会を貰えた。Iリーグのメンバーからも外され、なんとかメンバーに戻りたいと思っていた自分はここで上手くなって絶対スタメンに戻ってやると意気込んでいた。しかしAチームでの練習初日、こんなにも通用しないのか、と自分の下手さを心の底から痛いほど感じさせられた。Aチームではついていくことすら難しく、そのままAチームで練習し続けることはできなかった。だが、その中で得られたものはとても多かった。止める蹴るの基礎技術の正確さ、サッカーの仕組み、何を考え、何を見てAチームの人たちがプレーしているのかを知れて、サッカーをもっと上手くなりたいと強く思った。今までで一番サッカーを楽しめていたと思う。
そんな中、足首の靭帯部分断裂と大きな怪我をした。今までとは変わり、部活に行ってもサッカーをするのではなく、周りがサッカーしているのを見る。サッカーしたいのにできずに見ているだけという時間が続いた。正直しんどかった。
だが、一歩引いてサッカーに対して関わることで、なぜ入部当初は上手くプレーできたのか、メンバーから外れたのかを考えたり、ピッチ外から見ることでAチームで知れたことを踏まえて客観的にイメージでき、プレーしなかったからこそ得られたものが多くあった。
「なにが与えられているかではなく、与えられたものをどう使うか」。これは『嫌われる勇気』からの一節だ。ハッとさせられる1文である。
これからも怪我をしたり、Iリーグや都リーグに出場したりするチャンスがあるかもしれない。そんな時にこれを胸に刻んでピッチ内外関わらず行動していきたい。
拙い文章を最後まで読んでいただきありがとうございました。
次は都学連に所属し、いつもチームを支えてくれているマネージャーの甲村南海子さんです。