
「遊び儲け」4年•横田 公平
俺のこと好きすぎてたまに遊びに顔出すと「お前と飲めて俺本当に嬉しいわ!」ってガチトーンで言えてしまう男、珍田くんから紹介に預かりました、横田公平です。厨二病もびっくりな臭さですがそういうとこ嫌いじゃありません。
知っていましたか?
以前までは朝日新聞の天声人語くらいのペースで出されていた部員ブログの頻度が減ったの、僕の提案なんですよ。みんな書くことペラッペラだなと思ってね。トリコの鉄平も「喋れば喋るほど言葉の体重は減り、やがて空気のようにふわふわと重みのないものになってしまう。」って言ってましたもんね。伝わんないか。
幼い頃。
典型的に生意気で中途半端に賢くて嘘ついたりやらなきゃいけないことサボるクソガキだった俺は、母親にボコボコにしばかれながら育った。怒られてるときなんてどうしたら許してくれるかに頭はいくもので、あんなにしばかれたのに教育してくれたことの9割はきっと耳を右から左へ通過してた。ごめん母さん。
でもそれでも印象に残っている言葉はいくつかあって、その中の1つが「やらなきゃいけないこと以外は全部遊び」だということ。
世の中のことは全て、やりたいこととやらなきゃいけないことに分けられる。友達と休日出かけるのだって、サッカーを部活でやることだって、極論で言えば義務教育の終わっている高校以降の学校に通うのだって、やらなきゃいけないことではなくて自分のやりたいという意志の元で取り組むことなんだと。だからこそ取り組む姿勢が大切で、やりたいことを応援してくれてる人、まあ子供時代で言えば主に親だけど、それをがっかりさせることなくやりたいと言った自分の言葉に責任をもってやりきれと。概ねそういうことなはず。
子供心には理解しにくいところもあった。真面目に必死にやるサッカーと休日映画を見に行くことが同列に扱われてしまうのはなんだか納得いかなかった。でも、大人になって分かるようになってきた。向き合い方は本人の問題。必死にやってるから偉いとか、必死じゃないから偉くないとか、長く続けてるから偉いとか、諦めるから偉くないとか、そういうことじゃないんだとは理解出来るようになった。
部活だって遊びなんだ。
けど、ここまでひとつの遊びを貫いてきた身として、自分なりの解釈も乗せられるようになった。
やりたいことをやってきたからと言って、たくさん遊ばせてもらったからと言って、意味がなかったわけがない。あんなにキツい走りをして。毎日日の出の時間に家を出て。明学の3桁の番号つけてる奴らに10点以上失点して。仲間同士で強く怒号を飛ばして文句を言いあって。不満垂らしながらだったけど、あのきつい4年間やりきったぞって誇りに思える経験と、それを共有できる仲間を得ることができた。何も達成できなかったし悔しい思いはあってもそれだけで価値はある。遊びでこんないい思いができたんだから儲けもんだな。色んな人に支えられて精一杯遊ぶことができた。
人間性を鍛えてくれた小学校のコーチ、俺に刺激を与えてくれた高校の同期、顔を出すといつも嬉しそうにしてくれる祖父母、サッカーを始めてから常に誰かが俺を助けてくれた。
特に両親。
優しさと強力なリーダーシップを持つ母さんと、堅実さと誠実さを持つ父さんに育ててもらって俺はここまできた。自由にさせてもらいながらも、人として重要なことは学びながら大きくなれたのは2人のおかげです。本当にありがとう。部活に取り組むという面で、遊ばせてもらってる身として2人をがっかりさせないで来れたかな。密かにそれを軸にしてやってきました。1年遅れたけど来年から社会人になり本当の意味で大人になります。2人の教えの通り、親に与えてもらったものをそのまま恩返しするのではなく、周りの人に還元していける、そんな人間になれるように努力します。
ここらでブログも終わりだと思うでしょう。
まだ続きます。
同期は飽きずに読んでくれ。それ以外の方はは長すぎるからやめていただいても。
サッカーが下手で谷間の学年と呼ばれ続けた愛すべき同期たちに、心の底で2ミリくらいだけ思ってる本音などを書いたので読んでください。自分のとこだけでもいいよ。
まずはマネージャーから。
兒玉瞳
高校生の頃からのいちばん長い付き合いの人。まあでも俺が浪人してるから高校のときはひとつ後輩だったし、家もそんな近くないから大学でもそんなに長い時間一緒に過ごしてないし、不思議な距離感の人。とりあえず、長いことマネージャーしてくれてありがとう。絶対に面倒で辛いはずなんだマネージャーって。だって、生活のほとんどは部活に捧げなきゃいけなくて関わりをもてる人はほぼ部員だけ。それなのに、俺たちは気楽にサッカーしてればいいものを、マネージャーたちはどうしてもプレーヤーから使えるか使えないかの目線で見られてしまう。特に見返りもなく人のために頑張ってるのにその扱いは、働く分お金が貰える社会人よりよっぽどな生活だったと思う。かと言ってそれを気遣って大事にしてたかと言われたら全然そんなことはなくてすみませんなんだけど。とにかく続けてくれたというそれだけでありがとうだなと思う。穂波のブログにあった4年間頑張ったで賞は本当にその通り。4年間なかなか部の話題の渦中にあった人だけど、楽しませてくれたとも言える。来年からは海外にワーホリに行くそうで、チャレンジングな姿勢には驚かされつつ、頑張ってほしいと思ってるよ。
池田穂波
身長ぜったい150ないのにあるって言い張る女、池田穂波。さらに華奢だから中村と揃って歩いてるとゴリラと幼女みたいになる。それなのにドーナッツ12個とか食べるから、人は見かけによらないってこういうことかと思わされる。人間性としては、「私悪くなくない?」が口癖の人。これ煽ってるわけではなくて、いやまあ君が悪いですってこともあるんだけど、なんだか間が悪いというかツイてない人というかそういうちょっと可哀想なとこがある。あと、わりと優しい。後輩の尻拭いだったり、同期のわがまま聞いたり、許容範囲みたいな部分が広いと思う。おしゃべりだから自覚ないかもしれないけど個人的には聞き手の方が向いてそう。学年全体で仲良いよねっていう評価を俺ら同期が受けがちなのは、マネージャーがプレーヤーに壁を作らず接してくれたからだろうから、感謝してる。ノリがいいから先輩からも後輩からもけっこう好かれて誰とでも隔てなく仲良くしてた。これうちの学年だと珍しくて、誰とでも仲良くするのプレーヤーだとこうしろうくらいだから実はうちの学年と他学年をつなぐ重要な役割をしてたのかもしれない。来年からは穂波念願のテレビ業界に入るってことで、持ち前のコミュニケーション能力で来年から躍動していくのを期待してる。
#1 来栖巧弥
プレーヤーのトップバッターは俺らのキーパー、来栖から。かなり一緒に試合出たよな。4年間、情けない俺らの守備力の後ろで大変だったはずだけどゴール守ってくれてありがとう。1年の頃から、二日酔いで練習来たり失恋引きずって練習来たりコンタクト忘れたとか言って試合遅刻してきたり、ほんまに問題児やなと思ってたけど。内容なんか覚えてないけどちょっと揉めたりしたこともあったけど。でも実は来栖が1番俺らで大人だったのかもしれない。入ったら久我山でメンバー入りしてたとかいう絶対的な4年のGKがいて、2年生になったら桐蔭でキャプテンやってたとかいう生意気で絶対的なGK入ってきて。俺らフィールドは人数多いし序列変わりやすいし、スタメンで出れなそうでも途中交代狙いがあるとか自分に言い訳できて。キーパーなんて怪我以外途中交代ないし、体格とかの生まれ持ったものもあるから自分は引退まで控えでいくしかないって自覚を持ちながらやるしかなかったと思う。それなのにやるしかないって自分を奮い立たせて4年間をやりきった姿、尊敬する。あと人の感情にわりと敏感で相談とかすると結構親身になって話聞いてくれるところもポイント高い。部活のことでもプライベートのことでも愚痴りやすい人間だな。あでもいちばん大人は盛ったわ、試合中後輩に殺害予告するしこいつ今日やる気ねえぞってひと目でわかる日が四年生になってもあったし。4年間も一緒にいるとそれくらいはご愛嬌やって思えるようになっただけか?それでもなんでもゴールマウスを守ってくれたことに変わりはない。またサッカーしたらきっちいバックパスで翻弄してやるよ。
#7 浅野健太
無害な真面目、ツッコミのバリエーションは「おいー!」「ウルサイ」の2択のけんた。まあ散々いじってきたしここの紹介もいじりだと思ってるだろうしいじってはいるんだけど、わりとこの無害な真面目ってうちの組織では大事だったと思う。前代未聞の他責思考集団で、ほんまに体育会かこの組織ってなるくらい喋るにしても行動するにしても自分勝手な人間が多い中で、やるべきことをきちんとやれる人間。部活休みの連絡とか見たことない。体調崩さんだけなのか?プレーにもそれは出ていて、逆サイドから攻められたら絶対にプレスバックして戻ってくる。失ったボールをすぐに取り返しに行く。外から見てるときは仕掛けろよって俺ら騒いでたけど、この部活であのプレーができるウイングは健太だけだった。同じ学部学科にこの人いたのもマジ助かった。取る単位の組み合わせから小テストや授業内容までだいぶおんぶに抱っこで4年間生き抜けた。キャプテンもいたけど勉強苦手で必修落とすからあいつはいいや。あと、面白くはないんだけど、誰といても変な空気にならない誰とでも違和感なく喋れるよな。人に威圧感を与えないで気楽に話せるのも実は才能で、人見知りな俺の彼女とも仲良く話してくれるのはまじでありがとう。来年からは初任給高いうえに東京いるんだろ、全部奢ってくれるの楽しみにしてる。
#8 大橋陽生
今度は真面目じゃない無害なやつ。まったくほんとにこいつは、なんだかもどかしいやつだった。顔悪くないのに理想高くて彼女できないし。威圧感なくて話しやすいのにコミュ力低くて仲良くする気そんなないから後輩とかと分け隔てなくってタイプにならないし。走りだるい、ほんと嫌だとか言っといていざランメニューやったら長距離もスプリントも全然めっちゃ速いし。ほんで足元うめーし両足蹴れるどころか両足違和感なくドリブルまで出来るのに、1年生で都リーグ出たきりパッとしないし。「やる気ダセヨォ!」って言いたくなるMr.宝の持ち腐れ。でもねー、憎めないんだよね、雰囲気なのか人柄なのかよく分かんないんだけど。こんだけ言ってるわりに俺もめんどくさがっちゃう性格のタイプだから共感しちゃうのかね。人が嫌がるようなことを言わなかったり、不機嫌そうでも誰かにぶつけるようなことは絶対しなかったり、筋肉ないのに薄い胸板頑張って膨らませてたり、人から愛される要素が詰まってるやつなのはたしかだな。楽しかったぜ一緒にいるの。思い出すのは、芝浦の審判の帰りに雨の中唾ペッペッてやりあったこととか、はるきが毎日持ってくるアクエリをよくがぶ飲みしてスクイズで水増ししてたこととか、すぐ食べログ開いて評価で店のうまいまずいを決めようとすることとか、ほんっとにくだらないことばかりでもっとまともな記憶ないんかって自分でも思う。
今後もいっぱいちょっかいかけるために毎日はるきの家行ってリモートワーク邪魔するわ。とりあえず引退後デブまっしぐらコースの筆頭二人組として、キックボクシングで脂肪燃やしに行かなきゃね。
#15 珍田遼太郎
自由奔放、遊ぶの大好き、永遠の少年ちんだくん。1年生の最初の頃から口癖は「飯行かね?」だった。また言ってるよって思ってたし今でも思うけど、これけっこううちの学年を助けたんじゃないかなと今になって思う。一個下とかはわりと遊ぶの好きで派手なヤツ多いけど、うちの学年は俺含め陰キャでスカしてて初手どんな感じで接すればいいか分かりませんみたいな人多くて、多分それを最初に明るく繋いでくれたのが遼太郎だった。うちの学年が他の学年と比べて仲良くなれて、旅行とか頻繁にみんなで行くようになったのもそういうところに影響された部分大きいんじゃないかな。あとは少年らしく、ボールを無邪気に楽しそうに蹴るところもいい所。入部当初のブログで書いた決意っぽいことも全然嘘っぱちで、魔が差したと言った方が近いような俺の入部からのモチベーションは、練習こなしてくだけじゃ絶対続かなかった。江嶋とかは全力で努力してるんだけど楽しそうじゃないし、周りで楽しそうにやってる仲間がいるってのはそれだけでモチベーションになったものだった。ありがとう。このブログの冒頭でも書いたけど俺のこと好きすぎてたまに「ん?ゲイ?」ってなるようなこともあるけど、実は俺も大好きだぜ。ただし。こんなに褒めたのに最後気持ちよく終わらせてくれないんかいだろうけど、楽しいだけじゃ生きてけないぞきっと。やらなきゃいけないことはやる、ができればお前は無敵だよ。一足先に社会人なっとくからわかんないことあったらなんでも聞けよ、役に立つかは知らんけど。
#23 田結渚苑
我らがアメリカ人、だけど性格はどこまでも日本人、ショーン。いろんな思い出があるなこいつも。まだLINEの全体グルにショーンが入ってなくて練習がオフになった日に俺が連絡し忘れて真田掘から電話かけてきたりしたし。ひとり暮らし始めるショーンの家行ってWiFiの設定したりしたし。年金控除の手続き俺がしたりしたし。代わりに英語のSPI解いてもらったりしたし。朝練のあとそのまま家行ってシャワー浴びたりしたし。俺らサッカー下手仲間だからサッカーの思い出は語らないでおくわ、ろくな記憶ない。史上最低の代だの谷間の世代だの言われたけど、うちの学年でも誇れることはあると思ってて、途中退部者を出してないこと。これはショーンのおかげだと思う。俺らはサッカー下手でも好きだからってだけで続けられたけど、慣れない国で1人で生活して初めは言葉だって思うようには通じなかったっていう、サッカーが好きなだけじゃ続けられないような環境に身を置きながら続けてくれた。練習や試合には必ず遅れずに来て、走ると決めてから毎日欠かさず走って、部員が家に来たら友達ソファーに座らせて家主の自分は立ってて。カロリー計算とかランのペースとか極端なとこあるから奇人みたいに映るけど、そういう日本人より真面目で優しいところがあるから、4年間一緒にサッカーを続けてくれたんだと思う。アホばっかで変な国だと思ったかもしれないけどありがとう。卒業旅行でもショーンにはかなり世話になるからよろしく頼んだ。
#25 河村光之郎
驚異の1999年生まれ、既に26歳が見え始めてる男河村光之郎。懐かしいなーー、俺がこの部活で初めて出会った同期。浪人が終わって、銀髪に染めてた髪は地毛の黒にほぼ戻って、けど14kg増えた体重は全然戻らなくて、部活興味あるけどこの変わりきった体で行くの怖すぎる、いったん見学だけ行くかと思って練習に行ってみたその日にたまたまこの男はいた。「河村光之郎と言いまーす!けど三浪してるのでこうさんろうでーす!お願いしまーーす!」って自己紹介してた。多分こうしろうからしたらデブメガネ来たなだったと思うけどこっちからしてもチビデブ三浪いたわけで、正味引き散らかしてた。けど、3年半付き合ったら卒部アルバムの他己紹介でペアにされるくらいには仲良くなった。気合うんだと思う。陰キャでコミュ障な幹部3人とか、ツッコミが2択しかない男とか、話の通じない男とか、変なのばっかな中で俺らよく盛り上げ続けたよ。LINEグルもいっぱい盛り上げてやった。こうしろうの受験くらいスベる覚悟をもったボケは、うちの同期には本当に重要だった。あとこいつは、まあええわって諦めるタイミングとか飽きやすいとことか、三浪する素質を感じる部分はたしかにあったんだけど、自分に向き合う力とチームのために動く力は持ってる男だった。体すげえ柔らかかったり、ほんとはハンバーガー大好きなのに食べるものに気をつかったり、ジム通い続けたり。3年もサッカーから離れたら戻ってくる気力すら失われてもおかしくないのに、都リーグ出るところまで持ってった。それだけじゃなくて、幹部決めるときの話し合いや後輩とのコミュニケーションや課の仕事や、自分の強みを活かしながら他の人に働きかけていけるやつで、それが年齢によるものなのか天性のものなのかは分からないけど救われたやつは多いと思う。うちの学年仲だけは良いから今後も集まることあると思うけど、俺らいないと笑いひとつも起こらないからしゃーなし行ってやろう。
#30 橘高賢真
本厚木から遠路はるばる通い続けたけんしんさん。ほんとにこの人は、すぐ足痛いって言うしめちゃくちゃ授業入れてて部活あんま来ない時期あったし酒飲むし試合前揚げ物爆食いするし、なのにタッチ超うめーし体力めっちゃあるしシュートも超うまい、ほんとにサッカーの神様はどこに目つけてんだの代表。実はいちばん一緒にいた時間が長い同期かもしれない。家の距離は遠いんだけど路線は同じだから、電車であっても車であっても基本行き帰りが同じだった。最初はすごい警戒したよ、二浪だし髪色変だしえじがすげえ怖い先輩だったって言うし。でもすごく話しやすかった。一緒にいる時間が長くてもこんなに気楽で違和感なくいられたのは俺にとってはめっちゃラッキーだった。よく2人で車で新砂まで車で行ったな。走りの文句ぶーぶー言ったり、遼太郎の就活心配したり、死ぬほど狭い幅でポール置いてある道を通って冷や汗かいたり。今だから言うけど、渋滞で間に合わなそうすぎて2人同時に体調不良ですLINEをグルに送って引き返したこともありました実は。どれもこれもけんしんとしか経験してないしけんしんと共有できてよかった、練習前の憂鬱な時間を乗り越える好きな時間だった。ありがとう。そうだ、サタデーリーグを最後勝たせてくれたのもありがとう。横国で勝ったとき。大東で勝ったとき。自分はチームの勝利に貢献してないなって意識のせいで、熱が上がりまくってるチームメイトたちと同じようにはテンションを維持できてなかった。惨めさの方が強かったかな?それでも仕方ないやろうって思えたのは、えじの説得のおかげとけんしんがアシストして点を決めて活躍してたから。俺の大好きな同期が頑張ってんだから踏ん張るかって思えた。待て、余計なことしやがって半分、感謝半分にしとこう悔しいから。社会に出るのが2歳下の弟に追いつかれ追い抜かれ、大学院に行くようなので来年からも頻繁に遊ぼう。
#40 清水泰晴
人生でいちばん会話が通じない人がきた。こいつの目の前で話してたことをその場にいなかったかのようにもう一回話し始めるし、聞いたことに対して1%も回答になってないこと返してくるし、行動パターンがそもそも理解不能すぎてなにをしてるのか考えるのも疲れてくる人。そのくせ顔面めっちゃかっこいい。練習でめちゃめちゃ集中欠けてるときあって、センターバックで出るくらいなら試合出ないとか堂々とGMに言ってほんとに試合出る機会失ったりする。かと思えばバチバチに身体当ててヘディング思いっきり競りにいって昼間に鼻骨折してひん曲がってんのに夜の引退試合出るし。もうほんとによく分からんくて混乱するから、うちの同期たちはこいつのことは深く考えたら負けだと思うようになった。まあでも、理解できないことは多くても、自分なりの考えを持っていてそれを貫こうとすることと周りを気にせずにいられることはこいつの長所なんだろうとも思う。みんなが妥協を重ねながら就活を進めて、特に俺なんかはこだわりなく決まったところに入社する形で就活を終わらせたなかで、行きたくない会社を受ける必要ない、行きたい会社に行けるように来年も就活するって決められるところとか。ポジションの話だって自分だったら、もちろん試合に出たいからどこでもやるとは言うんだけど、やりたくないポジションを断ることで今後使ってもらえなくなるんじゃないかって考えもありながら答えるのに、自分の強みを理解しててそれを最大限活かせる場所をやらせてくれって言えるところとか。もしかしたら世の中変えていけるのってこういうやつなのかな、いや買い被りかな。来年以降の君の進む道で俺の見立て合ってるか決まるから、ぜひ頑張ってくれ。
#99 鈴木皓喜
銀河系最弱チーム清水エスパルスの大ファン、弟のキャラが濃すぎるで有名なこうき。
後輩とも先輩とも全然絡まないし友達少ないし、あんな見た目しといてなかなか陰キャ。こいつも最初の印象よくなかったな、茶髪でパーマで焼きそばみたいな頭のガリッガリで、浪人してた俺より体力ないくらいで絶対にサークルタイプやんって思ってた。でも後輩たちはあんまり知らないかもしれないけど意外と真面目だぞ。見るのもやるのもサッカー大好きこの人。印象なのか見せ方なのか、他学年からはやる気ない人とかあんまちゃんとやらない人ってイメージ強かったような気がするけど俺からするとそんなことなくて、怪我離脱もほぼしないし戦術についてもいろいろ考えるし朝練の前日に飲みに行くみたいなタイプでもなかった。ただサッカーが下手なだけ。俺と一緒ですわ。あと意外と優しい。誰よりも就活を早く始めていろんな情報を集めて、でも自分が周りを出し抜くためじゃなくて同期たちに還元してくれるし。同期で遊ぼうぜってなったときにやっぱみんな人任せになるけど行き先とか交通手段とか率先して調べてくれるし。慰労会の日とか、今日お前ら来るかなと思ったんだよとか言って部屋掃除しといてくれるし。同期好きで可愛いとこあんだよね。多分人生であの一度しか関わることのないモルックってスポーツの日雇いバイトに2人で言って永遠に壁沿いに座り込んだり、合宿の大部屋で寝るたいせいの顔に鼻くそとかつけたり、大橋くんのアクエリアスをたらふく飲んで文字通り水増ししたり、楽しい思い出がいっぱいある。今後も卒業旅行とか同期会とか楽しみな予定控えてるけどこうきが色々やってくれないとなかなかきついから頼むぞこれからも。
#2 江嶋駿太
副将まできました。我が学年のフィジカルモンスターえじまはやた。こいつも同じ路線で家が近くて、同じ一浪で、同じくらいの思想の強さで、なにかと仲良かった。一緒にサウナ入りにいったりラーメン食ったり膝外れた江嶋を家まで送ったりしたな。やらなきゃいけないことやる系ではあるんだけど、真面目って表現はなんとなく似合わない。サッカーきっつそうにやるし、楽しくなさそうだし、ガサツだし、ノリは意外といいし。俺的には、サッカーをやる自分に対して一途だったっていう印象がある。練習の30分前には必ず来て、ストレッチを入念にして、余裕をもってテーピングを巻いて。朝練に全参加するために教職課程に必須な単位をとらなくて。ランメニューでふらふらになって蛇行して先輩に止められてんのにまだいけますって主張して。俺らは弱いから、どれもこれも「なんでだよ!」って江嶋がおかしいみたいにして笑ってたけど江嶋が一番強くてかっこいいんだよ。都リーグに出場するっていう目標を明確に定めて、そのために自分に必要なことをきちんと考えて実行できる男。体育会でガチなんだからそんなのは当たり前だろって言われるかもしれない。けど、その当たり前ができることがどれだけ珍しくてどれだけかっこいいか。しかも、この男はその一途なところがあるから頑固というか曲げない考え方はあるけど、けして脳筋なわけじゃない。論理的に物事を考えられて本質がよくわかっていて、人の気持ちにも寄り添える。間違いなく先生の素質あると思うし、幹部にこいつを選んでよかったって俺は思う。大東のサタデーの帰りは俺の駄々を聞いてくれてありがとう。4年の最後になって感情的に駄々こねられたのは江嶋が相手だったからだった。こんだけ人間性褒めたんだから、とりあえずは一般就職でもいいかなーとか言ってないでちゃんと教師になってくれなきゃ困るぜ。
#3 大池哲太
個人的には、人外レベルの清水くんはおいとくとしたら随一の変わり者だと思ってるてった。この人も本当によく分からない。部活も何もない日に高校のジャージでキャンパス歩いてたり、食べ放題の海鮮で限界超えて食べてトイレでキラキラしたり、突然俺記者になるみたいなことを言い出して5社しか受けないでちゃっかり内定取ったり、箸の持ち方は物理法則超えてたり。まあでもこの人の場合は本人がいいならいいんだけど…なことばかりだから全然好き。てったとの思い出はなにがあるかな。初めての真田堀の練習でペアになってロングボール蹴った。ランメニュー2人で遅すぎてブチギレながら追加で何本も走った。集合の2時間前に着いたからドライブしてたら遅刻しそうになって駐車場から全力疾走した。どれも今思えば楽しかった。ここまで他の同期は人間性ばっか褒めてきたけど、てったはプレーで魅せてくれたことに本当に感謝してる。俺含め、うちの学年は本当にプレーでチームを引っ張れなかった。遼太郎が死ぬほど走っても、えじが鼓舞しても、けんしんが点を決めてもそれらはやっぱりサタデーリーグでのこと。てったが都リーグに出て平河悠とマッチアップして、日文の試合で途中交代でいい流れを持ってきて、武蔵で活躍して、全部感動をくれたし俺たちの学年の威厳を保ってくれた。言いづらい同期への粗相宣告や練習中の厳しさを持った態度は、舐められがちな俺たちの最後の砦だったと思ってる。本当にありがとう。今までは親父に読めって言われた記事を流し読みするだけだったけど、来年からは社会人の自覚とささやかな応援を込めて日経新聞ちゃんと読むわ。
#5 林陵
最後はキャプテン。まったく、言いたいことはいっぱいあるぜ?キャプテンとしてあーだったこーだったガミガミ言いたいことはたくさんある。なに相手にパスして東京カップ負けてんのとか、怪我してる間に彼女つくって就活もちゃっかりすすめてんのとか、サタデーの大東応援来ない理由が遠いってなにごとだとか、やべ言いたすぎて漏れちゃった。だけど、さすがに1年間ありがとう。そりゃ1年〜3年の間も、プレーでも人柄でも俺らの先頭に立ってたから秒速でキャプテン決定したんだけど、それでもチームの長の立場を1年間背負い続けた負担は俺らにはきっと計り知れない。他責思考界のレアルマドリードってくらい自分勝手なやつが集まってるこの集団の上に立ち、生意気な後輩たちを受け止め、くだらない粗相を捌いて、監督と連携をとりながら自分のプレーはキャプテンとして相応しくなければならないという重圧。3年生までほどのプレーの輝きをみせられなかったのは、これらの色々なことで手一杯になって周りを優先した結果、綻びが自分の部分で出てしまっただけなんじゃないかと思う。後輩たちからもりょうくんは話を聞いてくれるって評価をよく聞いたし、タスクとしてだけではなくて精神としてもみんなを優先させてたんだろう。夏前、監督解任の折に、もっと課長たちを頼るシステムにするんじゃなかったのか先に相談しろよみたいな文句をやいやい言っちまった。でもそれってきっと普段から頼られるように俺がなっておけば、人として成長しておけば自然と頼ってくれたのかなと反省してる。1人で背負わせすぎた、ごめん。まあでも、俺のこと大好きなのも知ってる。俺とけんたくらいしかいじってこないし。汗だくの服でニヤニヤして近づいてくるし。幹部は公平か江嶋のどっちかはやってほしいって言ってたし。あれ結構嬉しかったぜ実は。おもろいとかは言われることあってもやっぱそういう信頼されてないと出てこない発言はなかなか聞ける場面ないからね。結果としてただ口がたつだけの俺を幹部に入れとかんくてよかったな、さすがに江嶋が適任すぎたわ。来年からは土木の分野で人の上に立つ仕事をしていくらしいじゃないか。この集団のトップをやれたんだからどの組織いってもうまくやれるよ、頑張れ。
俺のことだからふざけ倒すと思ったでしょう。
そうは問屋が卸さない、君たち泣かせるのが俺の引退ブログの目標でした。引退ブログってこうやって書くものでしょうが。拙い文章ですがって前置きでほんとに駄文書くうちの同期たち、後輩たちにカッコつかないのでやめてください。せめて幹部3人はかっこいいブログ書いてね。
さて、卒論かってくらい長い引退ブログもここらで締めさせていただきます。
次はマネージャーの兒玉瞳。
紹介はもう書いたのでいいでしょう。7年間マネージャー業を務めあげた人の心の内が覗けるのが楽しみです。期待してます。