何のために走ったのか、
待っている間のほうが長くて、やってきたらあっという間に終わってしまった夏。
ワールドカップから比江島慎という選手を知ったのに、いつのまにか宇都宮ブレックスにいる比江島慎のほうがよく知っている顔になっていたから、6月になってもあまりピンときていなかった。
国内で開催された強化試合には、仕事の都合で行けなかった。始まる前からずっと本人が口に出していた"最後"にどんどん近付いていても、実感が湧かなかった。Bリーグの中を探してみたってこれほどオールラウンダーで替えが効かない選手はいないから。
ひとつひとつの役割であれば、代わりになる選手はいるかもしれない。PGの負担を軽減できるハンドリング。高確率で決め切る勝負強い3P。腰を低く落としてアグレッシブに仕掛けるディフェンス。ゴール下に独特なリズムで切り込むステップだけは誰にも真似はできないだろうけど。彼はその全てをこなせる選手だった。
オールラウンダーすぎて、SGとして選出されたはずがサブハンドラーとして起用される時も少なくなかった。自分がシュートを打つのではなく、仲間を活かすパスを出す。それは、試合後のインタビューでも彼自身が口に出していた。"チームのためになるならそれ(アシスト)をやりたい"。
唯一無二の天賦の才能を持っていながら、どうしてそこまでチームに尽くせるのか。自分のシュートを決め切る力を持っている選手だからこそ、その献身性は時にもどかしくも感じた。もっとできるのに。でも、その献身性に強く惹きつけられた。そんな彼だからこそ、報われて欲しい。応援したい。そう思わせてくれた。
オリンピック中も何度も見られた、フリーで打たせまいと最後の最後までチェックするディフェンス。常に全力でディフェンスに飛ぶその姿は、涙が出そうなぐらいかっこよかった。クイックネスもスタミナも、他の選手に比べると劣っているのにどうしてそんなに頑張れるんだろう。何が彼を動かし、コートの端から端まで走る活力を与えるのだろう。頑張ってチェックしても決め切られる場面も多かった。決められて少し頭を下げて、でもその後も必ずチェックにいっていた。彼は、何のために全力で走ったのか。
"比江島慎は、日本バスケの未来のために走ったのだ。"
試合後の彼のインタビューの言葉を聞いた時、私はこう思った。諸先輩方がそうだったように、いずれ来るであろう輝かしい未来のために走ったのだこの人は。そのチェックが間に合わないことを知っていて飛んだかもしれない。チェックに行かない選択肢だってもちろんあった。でも、諦めなかった。いずれ届くかもしれないその1cmのために彼は飛び続けた。
きっと私が知らないこれまでの代表期間もそうだったんだろう。点差が突き放されていく中で、届かないことを知っていながら30点近くもスコアをした。それでも勝てなくて、涙したこともあった。東京オリンピックでも1つも勝つことはできなかった。長年一緒に代表を支えた選手たちは、もうその道を走り終えていた。そこで一緒に立ち止まることだって出来たのだ。それでも彼は走り続けた。
自分が走っているその道の先に光が差すことを信じて。
彼が走り続けてきた道を、また次の世代が走り出そうとしている。そうやってずっと地続きに繋がっていく道の先にはどんな景色が待っているんだろう。きっと、素晴らしい景色が待っているだろう。
彼が信じて、そのために走った未来なのだから。
比江島慎という選手が信じて、そのために走ったのなら私はこれからもずっと日本バスケを信じて見つめ続けたい。日本バスケにさらに強い光が当たった時、常に全力で走り続けた貴方の背中も報われる気がするから。