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近代社会の特徴としての脱埋め込みメカニズムと再帰性の増大——ギデンズの再帰的近代化の理論

近代社会にあっては、伝統的社会において保持されていた、地域に固有の文化や宗教といったローカルな固有性=伝統は、自由な市場や官僚制的組織など、ローカルな原理を越えたグローバルな原理に置き換えられていく。そこでは、〈いま・ここ〉という時間と空間を共有しうる人々のあいだで通用している伝統は特殊なものとされ、〈いま・ここ〉を共有しない匿名的な他者との関係が支配的になる。そして、そのようなグローバルな特徴をもつ情報の拡大と浸透にもとづく時間と空間の分離は、メディア化された社会空間を拡大させ、「社会的活動をローカルな文脈から引き離し、社会関係を時空間の広大な隔たりを越えて再組織化していく」という「脱埋め込みメカニズム」の根拠となる。これが近代社会の第1の特徴である。そしてその一方で、伝統的社会を特徴づけてきた固有の伝統が人々の行動や考え方の基準としての力を失っていく結果、それまで通用していた基準が、時間―空間を越えて新たに介入する情報のもとでつねに問い直されねばならなくなる。これが、近代社会の第2の特徴としての社会生活の再帰性の増大である。

『クロニクル社会学』那須壽編, 有斐閣, 1997. p.277-278.

アンソニー・ギデンズ(Anthony Giddens、1938 - )は、イギリスの社会学者。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス名誉教授。社会学において「構造化理論」と「再帰的近代化」の理論で有名である。ギデンズについての過去記事も参照のこと。

ギデンズによると、近代にいたる社会の発展は3つに分類される。部族社会、伝統的社会、近代社会がそれである。部族社会は階級(クラス)のない社会であり、狩猟採集のバンド社会や定住して農業を営む村落社会を含んでいる。部族社会の特徴は、対面的な相互行為を中心にした、時間―空間の分離がみられない社会であるという点にある。人々は〈いま・ここ〉という空間と時間に閉ざされており、また特定の他者との関係に閉ざされている
一方、伝統的社会は、都市国家や封建社会に対応しているが、それは地域的な分業、とりわけ都市と農村の分離と階級の分化とによって特徴づけられる。時間と空間の分離がはじまる社会でもあるが、いまだそれぞれの地域が固有の文化や宗教などの伝統をもち、固有の親族組織が地域社会の核となっている。

それに対して、近代社会は、階級がより明確に分化し、地域固有の伝統が弱まっていくことによって特徴づけられる近代社会の大きな特徴は、第1に空間と時間の分離がより押し進められ「脱埋め込みメカニズム」が働くこと、第2に社会生活の再帰性が高まったことである。
近代社会にあっては、伝統社会にあったような地域固有の文化や宗教などローカルな固有性は、グローバルな原理(市場や官僚制的組織など)に置き換わっていく。〈いま・ここ〉を共有しない匿名的な他者との関係が支配的になり、時間と空間の分離が進む。その結果、社会的活動がローカルな文脈から引き離され、社会関係が時空間の広大な隔たりを越えて再組織化していくという「脱埋め込みメカニズム」が作動するようになる。

そしてこれは、近代社会の「再帰性」の増大にもつながっていく。伝統的社会を特徴づけていた固有の伝統が人々の行動や考え方の基準としての力を失っていく結果、それまで通用していた基準が、時間―空間を越えて新たに介入する情報のもとでつねに問い直されねばならなくなる。この常なる「問い直し」の運動を、ギデンズは再帰性(reflexivity)という言葉で表現し、近代社会の特徴の一つとした。

近代社会の特徴である再帰性の増大は、近代社会における人と人との関係のあり方の変容と密接に結びついている。人と人との関係は、伝統社会にあっては、社会的な地位や身分、年齢やジェンダーといった原則によって強く規定されていた。それに対してそのような原則の拘束力が弱まった近代社会では、自己とは何か(自己アイデンティティ)、他者とどのような関係を形成するかといった事柄は、再帰性の増大の典型的なケースである。

ギデンズは、再帰性の高まった人と人との関係のあり方「純粋な関係」と呼ぶ。純粋な関係は、経済的条件や親族間の関係などといった「外的基準」には依存せず、それを形成する人同士が、相互にその結びつきから充足を得、相互の歴史を共有し、またそのような充足を得られなくなれば解散するといったように、つねに流動的で開かれている。この意味で、純粋な関係は再帰性の高い関係である。それは同時に、自己やアイデンティティのあり方や他者との関係のあり方をつねに問い直さなければならないという重荷を伴っている。これはつまり「リスク」の増大ともいえる。近代社会の特徴として再帰性が増大した結果、それはリスクが増大した社会というもう一つの近代社会の特徴につながるのである。


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