![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/163521480/rectangle_large_type_2_a1d442186eb26aa956d25835441fbf36.jpg?width=1200)
反逆者のアイデアを取り入れる組織とは——マシュー・サイド『多様性の科学』を読む
しかし問題が複雑になると、支配的な環境が悪影響を及ぼす場合がある。ここまで見てきたように、集合知には多様な視点や意見——反逆者のアイデア——が欠かせない。ところが集団の支配者が、「異議」を自分の地位に対する脅威ととらえる環境(あるいは実際にそれを威圧するような環境)では、多様な意見が出にくくなる。ヒエラルキーが効果的なコミュニケーションの邪魔をするのだ。ヒエラルキーの中で生きることをプログラミングされた人間だからこそそうなる。これは一種のパラドックスと言っていいだろう。
マシュー・サイド(Matthew Syed, 1970 - )は、英国『タイムズ』紙の第一級コラムニスト、ライター。オックスフォード大学哲学政治経済学部(PPE)を首席で卒業後、卓球選手として活躍、全英チャンピオンに4度、オリンピックに2度出場。英国放送協会(BBC)『ニュースナイト』のほか、CNNインターナショナルやBBCワールドサービスでリポーターやコメンテーターなども務める。著書に『きみはスゴイぜ!一生使える「自信」をつくる本』(飛鳥新社)、『非才!』(柏書房)、『失敗の科学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。
本書『多様性の科学——画一的で凋落する組織、複数の視点で問題を解決する組織(Rebel Ideas: The Power of Diverse Thinking)』は、一筋縄ではいかない問題を解決しようとする際に必要となる組織の考え方を「多様性」を軸に、さまざまな事例とともに紐解く一冊である。エベレスト山頂付近の「デスゾーン」、2008年の大統領選後に激化したネオナチ運動の現場、アメリカ空軍が1950年代前半になぜあれほど多くの墜落事故を起こしたのか、オランダはいかにしてサッカーに革命を起こしたのか。サクセスストーリーともに、いくつもの重要な失敗例も取り上げ、原因を詳細にたどり、成功への手がかりを明るみに出していく。
一筋縄ではいかない問題を解決しようとする際には、正しい考え方ばかりでなく「違う」考え方をする人々と協力し合うことが欠かせない。そのとき、個人に焦点を絞っていると、全体論的な視点を失いやすくなる。例えばアリの巣を見てみると、個々のアリの動きを見ても全体は見えてこない。ズームアウトして全体を視野に入れることで、複雑な問題を解決する集団として捉えられる。アリの巣はいわゆる「創発システム」(個々の単純な和にとどまらない組織)である。アリストテレスの言葉にもあるように、「全体は部分の総和に勝る」というわけだ。
そこでは「多様性」が鍵である。しかし、性別、人種、年齢、信仰などの「人口統計学的多様性」だけが重要なのではない。むしろ、本質は「認知的多様性」である。通常は、人口統計学的多様性が高いと認知的多様性も高くなる。しかしそうならない場合もあるので注意が必要である。計算では解決できない難題の場合、同じ考え方の人々の集団よりも、多様な視点をもつ集団のほうが大いに、たいてい圧倒的に有利なのである。例えば、今日の人工知能に用いられているのはもはや単一のアルゴリズムではない。「考え方」の異なる複数の多様なアルゴリズムが組み合わされて、その進化に大きく貢献している。
サイドは「クローン錯誤」という概念を挙げている。これは、頭のいい同じような人材をたくさん集めさえすれば、優秀な集団が出来上がるという錯誤である。集団知を得るには、個人個人の知識だけでは足りず、個人個人の「違い」も大切なのだということを見落としている。経済学者チャド・スパーパーは、司法業務、保健サービス業務、金融業務において、職員の人種的多様性が平均から1標準偏差(SD)上がるだけで、25%以上生産性が高まったという調査結果を出している。幅広い層の人間を理解することが必須の職場では、職員自身の人口統計学的多様性(ひいては認知的多様性)が極めて重要な鍵を握る。
しかし、人口統計学的多様性が高くても、認知的多様性にあまり、あるいはまったく影響を及ぼさない場合もある。スパーパーは同調査の中で、航空機部品や機械装置などの製造会社においては、職員の人種の多様性が生産性の向上にまったく寄与しなかったと報告している。これは、例えば黒人であることと、エンジン部品のデザインを向上させることの間にそもそも関連性がないためである。また、多様性のある集団であっても、そのうち集団の中の主流派や多数派に引っ張られて(同化して)結局みな画一的な考え方になってしまう場合も同様である。成功するチームは多様性に富んでいるが、その多様性には根拠がある。その多様性が集合知を生み出すために、対処する問題と密接に関連し、かつ相乗効果を生み出す視点を持った人々を見つけることが鍵になる。
サイドは1996年の「エベレスト大量遭難事件」を例にも挙げている。この遭難事件では8人が死亡するという悲劇につながった。この事件に関しては多くの書籍や映画化がされている。しかし事故の要因については多数の説があり、まだ意見の一致を見ていない。多くの関係者が異なる証言をしており、誰の証言が正しくて、誰のものが間違っているのか。しかしサイドは、すべての証言が誤りである可能性に着目する。事故の要因は個人個人の行動ではなく、チーム(隊)のコミュニケーション方法にあったという視点である。複雑で多様なプレーヤーが行動する場合、重要なのはチーム内において、有益な情報や視点の「共有」である。これは多様性が大きな力を発揮する上で欠かせない。もう一つ重要な視点は、最終的な判断を下すのが誰か、言いかえれば「序列(順位性)」の問題である。
集合知には多様な視点や意見、つまり「反逆者のアイデア」が欠かせない。ところが集団の支配者が「異議」を自分の地位に対する脅威ととらえる環境では、多様な意見が出にくくなる。ヒエラルキーが効果的なコミュニケーションの邪魔をしてしまうのである。これは人間がヒエラルキーの中で生きることをプログラミングされているからでもあり、一種のパラドックスである。エベレスト大量遭難事故で起こったことは、この「順位性」が引き起こした問題であった。何人かの新米のガイドは危険な兆候(タイムリミット、酸素ボンベの状況など)について察知していたし、それをチーム内で共有する機会もあった。しかし先輩ガイドに意見をすることをためらい、何も進言しなかったのである。
最後の章でサイドは、日常に多様性を取り込むためのヒントを3つ挙げている。一つは「無意識のバイアス」を取り除くことである。才能ある人々が、人種や性別に関する無意識のバイアスによって理不尽にチャンスを奪われるケースがある。二つ目は組織において、最先端の組織が多様性を活用する方法として「陰の理事会」(Shadow Board)をつくることである。陰の理事会では、組織内から集めた有能な若手の人材が、上層部の意思決定に関して定期的に意見を述べる。これにより「反逆者のアイデア」がスムーズに流入する。三つ目は、自分の考えや知恵を相手と共有しようという心構え、つまり「ギバー(与える人)」になることだ。テイカー(受け取ることを優先する人)のチームはうまくいかない。ギバーが中心の組織では、信頼関係が醸成され、多様性が集団知を生む。こうして視野の広い、反逆者のアイデアを数多く得られるのである。