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リスクと不確実性の違い——「ナイトの不確実性」の定義とは

ここで、不確実性の定義として有名な「ナイトの不確実性」というものを簡単に紹介しておこう。
この定義を提唱したフランク・ナイトは、結果は予測できないものの、その発生確率が推定できるものを「リスク」と呼び、発生確率すら推定できないものを「不確実性」と定義した。後者が「ナイトの不確実性」と呼ばれるものである(本書では、ナイトが「リスク」と呼んでいる部分も不確実性のうちに含めて話を進めている)。今ここで取り上げようとしている第二の不確実性は、まさにこの「ナイトの不確実性」に相当するものと考えられる。
ランダム性に起因する不確実性は正規分布に従う。正規分布は、平均と標準偏差というふたつのパラメータを持つひとつの決まった式であらわされる。ふたつのパラメータが特定できれば、確率分布も特定できる。だから、どのようなデキゴトがどのくらいの確率で起きるかも計算できる。つまり、「ナイトのリスク」の定義に当てはまる。
ところが、べき分布の場合は同じことがいえない。べき分布には、式が「べき(=累乗)」で表されるという共通項はあるものの、その式にはいくつものパターンが存在し、その式を用いて確率を計算するためには、これまたいくつものパラメータを推定する必要がある。事後的に、過去のデータに整合的になるように式やパラメータを推定することはもちろん可能だが、それによって将来起きる極端なデキゴトの発生確率を必ずしも測定できるようになるわけではない

田淵直也『不確実性超入門』ディスカヴァー・トゥエンティワン, 2016. p.92-93.

本書『不確実性超入門』は、金融アナリスト・コンサルタントの田淵直也氏による一般向けに書かれた本である。「不確実性」の科学について、金融市場や歴史上の出来事を例に分かりやすく解説している。株価の大暴落(ブラックマンデー)、サブプライムローンとリーマンショック、フランス革命など予測不能な歴史上の出来事には共通するものがある。それが「不確実性」であり、単純には予測できない事象である。特に近年の市場の暴落や経済・金融危機では多くの「専門家」たちがまったく予想できないことが起きた。

この背後には、不確実性の科学がある。まず「不確実性」と「リスク」は異なる。フランク・ナイトの定義によれば、確率分布によって発生確率が予測できるものは「リスク」と呼ばれる。これはランダム性にもとづく正規分布に従う。これに対して、発生確率すら予測できないものを「不確実性」と呼ぶ。これが「ナイトの不確実性」である。この確率分布は正規分布には従わない。それは「累乗(べき)」が式に入るという共通項があるものの、その式にはいくつものパターンが存在し、事前に確率分布さえ予測することはできないのである。

べき乗分布は「ファットテール」という特徴をもつ。そのため、この種の不確実性は「ファットテール問題」とも呼ばれる。ファットテールとは、まれにしか起きないと考えられている極端な出来事が、実際には頻繁に起きることを意味している。もともとは「分厚い裾」という意味で、「裾」は正規分布で中心から離れた左右の両端のところを指している。この「裾」が正規分布で想定されるよりも分厚い(つまりは発生確率が高い)ということから、ファットテールと呼ばれるようになった。このファットテール発生の原因にはランダム性とは別の要因が存在する。その一つが「自己増幅的フィードバック」である。これは、ある結果が生まれたときに、その結果が原因となって結果が再生産されるという自己循環的なプロセスである。サブプライムローン危機は、異なるフィードバックの間の「揺らぎ」と、ランダムな要因による作用が相まって、個々のプロセスは予測可能なはずなのに、全体としてみれば予測が不可能という状況が生まれた。これが「ナイトの不確実性」の典型例である。

この自己増殖的フィードバックループに加えて、人間の心理がさらなる不確実性を生む。それは「成功のジレンマ」だったり、人間の「心理バイアス」である。心理バイアスにはさまざまなものがある。成功の要因を自分に求めたがる「自己奉仕バイアス」、そうしていなかった場合には抱くことがなかったはずの理屈に囚われる「自己正当化の欲求」、心理的なゆとりを失ったときに集団的な方向に流れる「同調バイアス」などである。

人はなぜ不確実性にうまく対処できないのかと言えば、心理バイアスの影響もあり、また、不確実性を過小評価してしまうことにもよる。人々による不確実性の過小評価自体が、より大きな不確実性をもたらす要因となる。また、不確実性の過小評価の裏返しとして、予測への過度の依存が起きる。結果が出た後に、その結果に最も近かった予測を後付けで持ち上げるのである。

こうした不確実性にどう対処するか。結論から言えば、不確実性への対処には終わりがない。そもそも予測できないというのが不確実性の特徴であるからである。著者の田淵氏はいくつかのヒントを挙げている。例えば「予測は外れて当たり前」という意識を持つことである。つまり、予測への過度の依存を防ぎ、常に他の可能性があるのではないかという多角的視点を失わないことである。また、短期的な結果に振り回されないことも重要である。正しいやり方の効果は長期的にしか現れない。つまり、小さな失敗を許容することが大事となる。「リスク管理」という言葉が普及しているが、不確実性はリスクを超えるものであり、「不確実性に備える」ということがより本質的なことなのである。


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