ファシズムの思想の特徴——山口定『ファシズム』を読む
政治学者・山口定氏によるファシズム研究の一般解説書である。但し、その内容は研究知見を詳しく整理し解説しており、研究者にとっても良い参考書となるレベルとなっている。元は1979年刊の『ファシズム――その比較研究のために』(有斐閣選書)であり、2006年に文庫化されるにあたり、補説「新たな時代転換とファシズム研究」が追記されている。
本書は1919年から1945年の「ファシズムの時代」において、イタリア、ドイツ、そして日本をも席巻したファシズム運動とファシズムの思想に関して、その成立の背景、社会機能、政治体制、思想的特徴などを比較研究したものである。もとはムッソリーニによってイタリアで開始されたファシズム運動は、ドイツにおいては「国家社会主義ドイツ労働者党(ナチス)」によるナチズム運動へと発展していった。いずれの国でも政党の設立が1919年であった。そして、日本におけるファシストは北一輝が代表者として挙げられているが、彼が書いた『日本改造法案大綱』も1919年に脱稿されている。
イタリアとドイツのファシズムでは、人種主義(反ユダヤ主義)的思想を前者は強調しないという違いがある。日本においては真正ファシズム運動は大戦中よりむしろ二・二六事件時の北一輝の思想にあったなど、ファシズム運動にも国家間の違いは明確にある。しかしながら、このファシズム運動の思想的特徴として社会科学的に分析するならば上記に掲げたような内容となる。
それらが、①民族共同体の再建のための暴力の肯定、②既成思想の全面的否定(ネガティヴィズム)、③「生の哲学」と「社会ダーウィン主義」の混合である。①は明らかだとして、②のネガティヴィズムは非常に興味深い。研究者の間では、ファシズム運動にははたして思想的核はあるのか、つまり、マルクス思想を核として論理的一貫性を持つ社会主義運動などに比較して、ファシズム運動には論理的一貫性の根拠となるようなものはあるのかという疑問があるという。そしてその答えの一つが、反社会主義・反自由主義・反資本主義など既成思想を全面的に否定するネガティヴィズムだということになる。
さらに、ファシズム思想の特徴の第三として挙げられるが「生の哲学」と「社会ダーウィン主義」である。「社会ダーウィン主義」とは、個々の生物種が進化論的に生き残っていくという理論を社会にも当てはめるもので、民族や国家が生き残っていくためには「優秀な」民族のもとに国家が団結していくべきであるという優生学的思想につながるものである。そして「生の哲学」とは、心情、感性、直観、行動、暴力を重視し、理性や知性を軽視するような考え方である。ここではニーチェの哲学などが「悪用」された(ちなみに『権力への意志』という本は、ニーチェの死後に妹エリーザベトによって編集されたものであり、ニーチェ本人が構想していたものとは異なるとされている)。ニーチェの思想がファシズムに利用されたことは深刻な問題をはらんでいることは否定できない。例えば私たちが、ニーチェの思想からその本質を汲み取ることなく、単に「強者の肯定」といった側面を強調するならば、ファシズム思想と同じ轍を踏んでしまうことだろう。
学術的に考えれば、ニーチェの思想がファシズムに利用されたからといって、ニーチェの思想とファシズムの思想に近いものがあるというわけではないと、山口氏も述べている。思想的に類似性がなくても、誤って解釈され「誤用」されることは常に起きうるからである。