人が話しているときのこと
人が何かを話しているとき、何が伝わっているのかという話題について、もう少し掘り下げてみようと思う。
ワークショップの「アイスブレイク」や、職場の朝の3分間スピーチみたいな機会があると、私たちは「何をしゃべろうか」と悩むことになる。
特に相手が初めて会う人や、知らない人が多い場だと「何を話したら良いのか」と考えるほど正解が分からなくなり、しまいには話したくなくなってしまう。
でも最近思うのだけれど、そういうスピーチの場では、あまり「何を話すか」という言語的情報にこだわる必要はないのだ。
何を話したとしても、聞いてる人が受け取っているものは、その人の表情や話し方、全身から滲み出ている「その人らしさ」の方が大きいのである。
これはお互い良く知っている間柄であっても同じことが言える。
同僚や家族が、何かいつもと違うことを伝えようとしているときを考えてみよう。
ルーチンとしての情報伝達ではなく、何か言い淀んでいるとき。あるいは、表情や声のトーンがいつもと違うとき。
そのとき、その人は言語的情報ではないことを伝えようとしている。それは一言で言えば「感情」だ。
怒り、怖れ、焦り、不満、不安、モヤモヤした感情、そういったものである。
アイスブレイクのときに話すことに話を戻すと、結局何を話しても、伝わるものは言葉よりも「その人らしさ」なのであるから、私たちは何を話そうかとそれほど悩む必要はない。
むしろ自然体で、自分らしくあるそのままで話せば良いのだろう。
そういう場ではうまく話せないという人も、それがそのまま「その人らしさ」なのであるから、そういう自分でいれば良い。
必要以上に悩んだり着飾って話したりすることはない。そのままの自分であれ。