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やがて登場するトランスヒューマンと超民主主義とは——ジャック・アタリ『21世紀の歴史―未来の人類から見た世界』を読む
トランスヒューマンな人々とは、利他主義者で二一世紀の歴史や同時代の人々の運命に関心をもち、人道支援や他者に対する理解に熱心であり、次世代によりよい世界を遺そうとする。彼らは〈超ノマド〉の利己主義や海賊の破壊欲に我慢がならない。彼らは自分たちが世界の所有者であるとは思わず、世界の用益権を保有しているにすぎないと考える。彼らは定住民の美徳(用心深さ、歓待の精神、長期的展望)とノマドの美徳(頑固さ、記憶力、直感力)を実践していく心積もりができている。また、彼らは自分たちのことを世界市民であると同時に、複数の共同体のメンバーであると考える。(中略)また、友愛が野心の代わりを務め、彼らは他者を喜ばせることに喜びを感じる。この精神は、自分たちに責任があると自覚している子どもたちに対して特に当てはまる。彼らは、伝承するという行為は人間の本性であることを再認識する。この点、女性は男性よりもトランスヒューマンに向いている。というのは、相手を喜ばすことに喜びを感じることが母性本能であるからだ。経済・社会のあらゆる局面において、女性が次第に台頭してくることで、トランスヒューマンが増殖していく。現在のトランスヒューマンとして、メリンダ・ゲイツやマザー・テレサなどの人物が挙げられる。また、財産の大部分を財団に託した大金持ち、社会改革者、教授、クリエイター、宗教者、世俗人のなかにも、こうした善意の人々が存在する。
ジャック・アタリ(Jacques Attali、1943 - )は、アルジェリア出身の経済学者、思想家、作家、政治顧問。旧フランス領アルジェリアの首都アルジェ出身のユダヤ系フランス人。ミッテラン政権以後、長きに渡り、仏政権の中枢で重要な役割を担った人物として知られる。
アタリはその初期の著作以来、近未来のシグナルを予見して発表している作家でもある。1977年、すでにのちのインターネット、YouTube、そして音楽的な訓練の時代の到来について示唆的に発表した。 1978年の著作において、パーソナルコンピューターの出現、ハイパー監視、自己監視について議論している。1980年の小説" L'ordre Cannibale"では現在トランスヒューマニズムとして知られている義体社会の到来を発表した。
本書『21世紀の歴史―未来の人類から見た世界』は2006年の著書であり、21世紀政治・経済の見通しを大胆に予測した「未来の歴史書」と呼ばれ、欧州で大ベストセラーとなり、フランスの国家戦略に影響を与えた書籍である。
本書の終章「民主主義を超える〈超民主主義〉の出現」においては、21世紀に登場するであろう〈超民主主義〉、新たな歴史の担い手としての〈トランスヒューマン〉と〈調和重視企業〉、共通資本となる〈世界規模のインテリジェンス〉などについて述べられる。
現在のアメリカ帝国の君臨、多極化する世界に対する脅威や超帝国の台頭、そしてこれに続く無数の紛争といった事態を超えて、未来を予見するとき、アタリが〈超民主主義〉と呼ぶ状態が21世紀の歴史に登場すると彼は述べる。「超民主主義は数十年後には現実となっているだろう」とアタリは未来予測する。
次第に登場してくるであろう〈超民主主義〉とは何か。それは、現在の領土問題に関する各国のさまざまな要求に対処する、また他者との共存を含め、平穏な暮らしぶりを人々の教示するといった緊急の懸案事項を解決するための政策を立案するような政治体制である。しかし、こうしたユートピア的な計画は、当初は独裁者が悪用したり、宗教系あるいは非宗教の全体主義かつ包括主義で、包容力のあるメシア信仰の新たなイデオロギーが登場するとアタリは言う。しかしその後には、世界の調和を重視する組織が登場する。最初の頃は、この組織は市場や民主主義と地球規模で共存するが、次第に市場も民主主義も凌駕するようになるという。これがアタリの呼ぶ〈超民主主義〉である。
超民主主義の実現に向けて最前線で活動する人々のことを、アタリは〈トランスヒューマン〉と呼ぶ。彼らはすでに、収益にとらわれない、そして収益が最終目的ではない〈調和重視企業〉で活躍しているという。トランスヒューマンとは、利他主義者であり、世界市民である。彼らは〈ノマド〉であると同時に定住民でもあり、法に対して平等な存在であり、隣人に対する義務に関しても同様である。また、彼らは世界に対して慈愛と尊厳の念を抱いている。彼らの活動により、地球規模の制度・機構が誕生し、産業は軌道修正されていく。こうして産業は、各人のゆとりのある暮らしのために必要となる財(もっとも重要なのは心地よい時間)についてや、人類全体にとってゆとりのある暮らしのために必要となる共通資本(共同体のインテリジェンス「知性・情報」が重要な要素となる)を発展させていく、という。
トランスヒューマンな人々は、利他主義者で21世紀の歴史や同時代の人々の運命に関心をもち、人道支援や他者に対する理解に熱心であり、次世代によりよい世界を遺そうとする。彼らは自分たちのことを世界市民であると同時に、複数の共同体のメンバーであると考える。また、友愛が野心の代わりを務め、彼らは他者を喜ばせることに喜びを感じる。この精神は、自分たちに責任があると自覚している子どもたちに対して特にあてはまる。また、女性は男性よりトランスヒューマンに向いている。トランスヒューマンは、全員が競争しあう市場経済と平行して利他主義経済を作り出す。こうした動きが加速し、21世紀のうちに登場するだろうとアタリが予測するのが〈超民主主義〉なのである。