右手になぜ優越性があるのかを社会学的に探究する——エルツ『右手の優越』を読む
ロベール・エルツ(Robert Hertz、1882 - 1915)は、フランスの社会学者・人類学者である。デュルケーム学派。将来を嘱望されながらも第一次世界大戦によって、33歳でその短い生涯を閉じた。本書『右手の優越 - 宗教的両極性の研究』は、現在の象徴体系、認識体系研究の先駆けとなったフランス社会学黄金期の著作である。
エルツはデュルケムを中心とする「社会学派」の一人であり、方法論は根本的にはデュルケムに基づいているが、その研究は独創的見解を含んでいる。「死の集合表象」をエルツの論文の中で最も重要なものとみなす人もいる。エルツの死の研究は、特にニーダムによる英訳が1960年に刊行されてから、死の問題を扱う場合の理論的土台になったと言える。
右手と左手の使い分け、その意味の違いについて社会学的に論じ、後世に大きな影響を与えることになった論文が、エルツが1905年に発表した「右手の優越」である。この研究は社会学よりも社会人類学一層大きな影響を与えたと思われる。エルツは第一に、人間が右利きであるのは、社会的要因によるものであると主張した。人間が右を尊重するのは、右に価値を置き、左より優れていると捉えるからである。第二にエルツは、右利きを太陽崇拝から説明しようとする説を否定した。第三にエルツは、右手の優位は、右手は槍をもち攻撃的な手であるのに、左手は盾をもち、防衛的な手であることに由来するという説を否定した。エルツは、左右の区別の根底に、人間の思考の根底にある事物を二つに分ける傾向が影響していると考えた。そして、右と左の象徴的価値を、聖・俗の対立に結びつけたのである。彼は、右が肯定・聖・吉・浄・善・正・男性に関係するのに対し、左は否定・俗・凶・穢・悪・不正・女性に関連すると論じた。
エルツの左右の象徴的二元論には批判もいくつかされている。その一つは、二元論があまりに絶対的で、不動なものとされていることである。従って右や左がそれぞれコンテクストによって違う意味になるという現象が捉えられていない。第二に、エルツは左右相互の関係が補い合っている点を見逃している。第三に、左右の象徴的対立の間に、どちらつかずの両義性があることについて論じていない。
「右手の優越」に関するエルツの研究は実際には「左手の不浄性」の研究であり、不浄性一般の研究あるいは「人間性の暗黒面」解明への一つのステップともいえるものである。それだけに、彼が第一次世界大戦において33歳で早逝したことは悔やまれる。この悲劇がなかったら、彼は師のデュルケムと肩を並べる研究者になったであろうと言われている。
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