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彼女は聖人じゃない。
『オードリー・タンの思考』近藤弥生子著
近藤さんによるオードリーさんの生い立ちのインタビューも興味深かったけど、台湾の歴史を知ることで驚かされることも多かった。
例えば、日本や中国の占領と統治の後も、1949年から38年間、時の政権に敵対すると思われた知識人や民主運動家、一般人が暴力の対象となる時代が続いていて、1986年にデモが起き、政治体制が変わり、民主化していったということ。
80年代は私の子供時代だと思うと、台湾の人たちが安心して暮らせるようになったのはそんなに昔じゃないのだな。
その後もたびたび政権に対する抗議デモはつづき、オードリーさんの関わった2014年の『ひまわり学生運動』に続く。
ここでまた、私は脳みそをガツンとやられたし、あらゆる社会的、政治的な運動をされている方にも、この本を読んでほしいと思ったのが、デジタル技術を良心ある活用をすることで、抗議する対象である政府とのやりとりを、対立構造ではなく、フラットでオープンなものにしたということ。
【反逆はパワーの無駄遣い】というのはオードリーさんの言葉だけど、対立構造の外に立って、よりオープンで相互理解の可能な仕組み、システムを作ってしまうというのは、なんかIT時代の新しい第三の解のように思えて、感動してしまった。
そして、ひまわり運動に参加していたオードリーさんを入閣させる政府側の人間の頭の柔らかさにも感動した。それは民主化が長い間、弾圧されていた時代があったことに繋がっているのだけれど。
オードリーさんの発想の根っこを知るにつれ痛感したのは、私はインターネットやコンピューターを使っているけれど、IT技術の革新性、デジタル時代の思考法そのものを知らないのだなということだった。
今まで、ハッカーと名乗る人たちは政府のサーバーをいきなりダウンさせたり、ハッキングして迷惑行為を働く人、知能の高い反社会集団みたいな認識だったけど、この本を読むと、ハッカーって無政府主義者だし、公開されている情報に対して、世界中で共同作業し、改良編集していくという、すごく平等で多様性のある、善意の個人達っていうイメージに変わった。
また、【共同編集】と【協同】こそが、インターネットを運営する基本要件だということも知った。
この本に端的に書かれている言葉を引用すると【オープンソース・コミュニティーにおける「ハッカー精神」】は、民主主義の国の運営を改良編集していくのに使えるし(というか民主主義って本来そういうものなのでは?という思いも湧いてくる)、半径100メートルの社会との関わり方や、インターネット上での自分の在り方、社会問題を身の丈から解決していこうとする時も応用できる心の持ち方と技術だと感じた。
以前、パウロ・コエーリョのインタビューを読んだ時に、ブラジルでは社会的に成功していても、態度が未熟な人は尊敬されておらず、そういう人を指した名詞がある。という話があって、共感したのだけど、この本にも台湾ではEQ【心の知能指数】を大切にしているという話が出てきて、とても嬉しかったし、旅で見たこころ温まる光景や、受けた親切が蘇ってきて、納得した。
この本を読む前に、Youtubeに上がっているIBMの人がオードリーさんにインタビューした映像を観ていて、その態度になにか言葉にならない感動をおぼえたのだけれど、本当に能力が高く、心の発達した人のコミュニケーションの仕方というものに感動したのだと、今は分かる。
他にも書ききれないくらいインスピレーションと希望に満ちている本なので、興味の湧いた方はぜひ読んでもらいたい。
そして近藤さんが提案してくれたように、私の心にも小さなオードリー・タンを宿したい。