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私がnoteを始めた理由

*今日の記事は、個人的な気づきの内容です。
(皆様のお役に立てるような内容ではございません。)

未来の自分が振り返ったとき、
noteをはじめた「初志」に立ち返ることができるように
今後もブレない気持ちで仕事を続けていくために
残しておくものです。

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フリーランスライターになって7年目を過ぎたある日、
魂から吹き上げてくる強烈な思いと、突然のひらめきによって
「noteをはじめよう」という言葉のイメージが現れました。
その言葉に誘われて、今ここにいます。

結婚して地方で暮らすことになったとき、「もう、クリエイティブな仕事はできないだろうな…」と、心のどこかで諦めが生まれました。そんな気持ちにケリをつけたくて、名刺も連絡先もすべて捨てました。

色々なことがあって、フリーランスとして仕事をすると決めたとき、つてもコネも捨てた私にはクラウドソーシングしかありませんでした。毎日仕事を探しつつ、素性の知れない個人や企業の仕事を10件ほど引き受けてみて、「これではダメだ」と流石に気づきました。

ぼんやりとしていた未来像の不要部分を落とし、やっていきたい仕事を絞った頃に出会ったのが、経営・人事メディアのライター募集でした。当時でもライターの何たるかもよく分かっていないあまちゃんライターという自覚だけはあったので、1週間近く悩んで応募した記憶があります。

テストライティングに合格したのは良かったものの、地獄のような毎日が始まりました。慣れない記事作成と高単価のプレッシャー、打ち切られるかもしれない恐怖…。毎夜のように悪夢にうなされ、日中はもうろうとするなか仕事と向き合う日々…。どれぐらい続いたのか、今となっては覚えていません。

今なら「一人で頑張らなくてもいいのに…」と思いますが、当時はその余裕もありませんでした。しかし、自らが選んだ道に、後悔はありませんでした。

5年を過ぎて、コロナ禍でもほどほどに安定した収入と、ルーティン化した仕事があり、ほぼノーストレスという穏やかな日々が続くようになりました。

キラキラしたライターさんや尖っているカッコいいライターさん。そんな方たちが沢山いるのは分かっていましたが、地味で穏やかな身の丈暮らしにドップリとはまっていたい気持ちでした。この頃のnoteには賛同できなかったですし、SNSも始める気持ちにはなれませんでした。

コロナが明け、再び世の中が活動的になって価格の高騰が止まらなくなった頃から「このままでいいのか?」という想いが沸き上がってきました。それを振り払うために、家事に仕事に趣味にと没頭してみたものの、どうして収まりません。

今思えば、その想いこそnoteのはじまりでした。


noteをはじめて数週間は凄すぎるnoterさんたちが毎秒のように素晴らしい作品をアップするのを見て、ジェットコースターのように感情が揺さぶられ続けました。圧倒されて「自分なんかが始めちゃいけなかったよなぁ」という気持ちで一杯でした。

ひと月過ぎた今も完全に消えたわけではありませんが、最初の頃よりは落ち着いてnoteとも自分とも向き合えるようになりました。

拙い記事にも関わらず、スキやフォロー、コメントを頂けることに「ありがとうございます」の感謝の気持ちでいっぱいです。この気持ちはnoteとの付き合い方が変わったとしても、ずっとなくならないと確信しています。

そして、色々なnoterさんとの出会いから気づきをもらい、刺激を受けながらnoteを続けることができることへの感謝。noteの存在に、生きる希望をもらい、今私は支えられています。


これから目指すのは収益化。仕事とnoteとで「書く」という共通点はありますが、まったく違うものだと思います。仕事は与えられたターゲットに対して書くもの、一方でnoteは自分で決めたターゲットに対して書くもので、使う筋肉が異なります。

誰かになろうとするのではなく、ひとつだけのライターを目指そう。noteを始めたことで、今後のキャリアへの方向性が整理できたことで、立ち止まっていた歩みを再開することができました。

noteをはじめる前に想像したものと現実の今が全く違うように、未来へのドキドキ感とワクワク感でいっぱいの毎日です。

この先を歩む自分へ、メッセージを残します。

未来の自分へ

自分に対する期待を裏切らないでください
四方よしの願いを忘れないでください
小さな歩みを止めないで、在り続けてください

おわり




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