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「人生に必要なのは、串焼きとレモンジュース」 - 星くずの片隅で

香港映画『星くずの片隅で』。
原題『窄路微塵』、英題 "The Narrow Road"。邦題はセンチメンタルに走りすぎているし、どうしても『この世界の片隅で』を連想してしまう。
でも、作品はとても良かった。

監督はまだ30代のラム・サム

ざっくりあらすじ

2020年コロナ禍の香港。店はシャッターを下ろし経済活動が滞る中、香港を脱出して海外に移住する市民も増えている。
個人宅や店舗の清掃・消毒を請け負うクリーニング業を一人で営むザクの暮らしも楽ではない。
健康上の問題を抱えている老母も悠々自適の生活とは程遠く、貴重な使い捨てマスクは蒸して乾かし再利用している。
そんなザクがアルバイトとして雇ったのは、若いシングルマザーのキャンディ。
傍目からは妹のように見える娘のジューを育てながら、盗みや詐欺でその日暮らしを送っていたキャンディだが、一応清掃の仕事は真面目にこなす…ものの、盗み癖は簡単には治らない。
それでも見捨てず雇い続けてくれる真面目なザクの期待に応えようと、彼女なりに努力しジューもザクに懐いてきた頃、ある出来事のせいでキャンディはジューを連れて黙ってザクの元を去る。

貧困ゆえに罪悪感もなく万引きや違法な商売に手を染めて遊び暮らす若いシングルマザーと、こまっしゃくれた幼い娘、そんな母娘をそれとなく見守る中年男性…って話は『フロリダ・プロジェクト』の香港版ですか?と思った。

キャンディが取っ替え引っ替え着飾るプチプラファッション(かわいい!)や危なっかしい言動、ほぼベッドが占める極狭アパートのカラフルで過剰なインテリア、堂々とすら見える幼いジューの落ち着きっぷり、優しい言葉をかけるでもなく不器用に見守るザク、そんなこんなが『フロリダ・プロジェクト』と重なって見えた。

でも、キャンディは『フロリダ・プロジェクト』の母親ヘイリーとは違い、娘のために働く意志はあり、雇い主ザクに認めてもらおうと努力もする。
何より決定的に違うのはエンディング。辛いけどこういう終わり方しかないだろうと思わせる切なさ溢れる『フロリダ・プロジェクト』とは異なり、この映画はどんなに小さな存在でも、人として希望を持って生きていくことの尊さが示される。
ザクはキャンディに言う。
自分たちは神様も見逃すくらい塵みたいにちっぽけな存在だけれど、お互いを見ていればそれでいいじゃないか、と。

返還後、中国に取り込まれ自治や自由が奪われる混乱に加えてコロナが影を落とす香港。
否応ない格差や貧困も描かれ、ポップでカラフルなキャンディやジューの身なりと対照的に街は暗く澱んでいる。
財力やチャンスに恵まれていれば海外に移住する選択肢もあるが、それが叶わない者はずっと留まり続けるしかない。

その中で、人としての尊厳を保って明日も生きていこうとするザク役、ルイス・チョンの淡々とした演技は『フロリダ・プロジェクト』のウィレム・デフォーと並ぶくらいよかった。ぶっきらぼうだけれど誠実で、決して人を傷つけない。
キャンディ役のアンジェラ・ユンも好演。アドリブでちょこちょこ入れたという日本語、コスプレやアニメ好きな香港の若い女の子を感じさせた。
ジューを演じたトン・オンナーも、ある重要なシーンはアドリブだったそう。映画初出演なのにすごいなー。
カメラワークもよかった。窓のない部屋に住み、窓からの景色に憧れるジュー。度々現れる窓越しのシーンが印象的。

タイトルの「人生に必要なのは、串焼きとレモンジュース」は、かなりシビアなクリーニングの仕事を終えて、簡素な食堂でキャンディを労った時のザクの台詞。サラッと呟くだけだったけれど。
こういうシーンが、いい映画見たなという気持ちにさせるのだよなぁ。

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