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11年ぶりの作品名は『Torus』

SjQの作品名が『Torus』となり、12月9日に発売決定されました。
つい先日、ようやくマスターを納品。アートワークも色校正を終えて、印刷工程に辿り着いています。

発売に先行して収録曲の ”motsure” と ”bure”がシングルリリースされています。

今なら、bandcampにてmotsurebureの高音質版をダウンロードできます。
Apple Musicを使っている人は、クラウドから既に聴ける状態になっています(Spotifyでもリスニング可能になったそうです)。

# “motsure” について


この曲はSjQが「シード」と呼んでいる、数音のフレーズとシンプルな演奏ルールのカップリングを使って、一回で録音される形で制作されています。

「即興と設計」

通常、楽曲制作(レコーディング)は、楽器毎に部分的なテイクを重ねていきます。本作では、演奏ルールの重み付けや調整を重ね、ルールに基づいた即興をワンテイクで録音する形で制作されました。
 一旦演奏してみて、発生する構造を聴き、ルールや選ばれる音を再調整。そして、再度演奏することを繰り返します。やがて、音の断片が調和して、ずっと聴いていられる絶妙なバランスが生まれます。この時、プレイヤーは、自分たちで演奏しながらも、構造が自然発生し、自動的に突き進んでいくような、特異な感覚に包まれます。

 それを収録したのが "motsure"という作品であり、そういったテイクを集めたのが本作『Torus』です。一回性のものなので、ミスタッチなどもあえて編集せずそのまま収録されています。

 生楽器なんだけどジェネラティブ。それが今回のテーマです。

「自己組織化するグルーヴ」

作品 "motsure" のドラムは、僕のマルチエージェントを使ったソフト「gismo」によって生成されています。人間じゃないんです。


gismoでは、人工知能ではなく、エージェント(人工生命)を使った簡易な生態系モデルを使って、グルーヴを生成します。微生物のように振る舞うエージェント同士の、「喰う・喰われる」の関係で起こるタイミングを利用し、ビートを生むのです。エージェント一匹一匹に個性として目の良さや移動速度などを設定することで、リズムを構築する。高度なプログラミング技術というより、エージェントの調教力の蓄積がモノを言います。

 今回、大きなブレイクスルーになったのは、「非均一なグリッドを使ったクォンタイズ」。クォンタイズとは、音の発音タイミングを時間的なグリッドで前後にスナップさせて整える処理のことをいいます。このグリッドを拡縮して、発声タイミングの確率を可変にします。これとエージェントを組み合わせて音楽を創る技法は、まさに「即興と設計」です。"motsure" 以外のトリオ編成の楽曲には、すべてこの手法が用いられています。

 ちなみに、このクォンタイズ法、ちょっと工夫すれば、エージェント以外にも自然現象や街角の騒音などからもビートが生成できます。音源分離のAIなどと組み合わせると面白いことができそう。

「環世界的音楽」

"motsure"で用いた手法のポイントは、演奏者もエージェントも、拍節やメトロノームといった天与の時間構造を基本的に意識していない点です。その代わり、どちらも互いの関係性から、時間/音高的な構造を紡ぎます。生物ごとの固有の知覚を「環世界」[*]と呼びますが、演奏者もエージェントも、ルールに基づいた、それぞれの知覚・反応系を持っており、すなわち、環世界の設計から生まれてくる音楽をここに紡いでいます。人間の演奏者の場合は、どこかでどうしても音楽全体も考えてしまうんですが、瞬発的な反応に集中させることである程度抑制できます。

 自分では、ドラマーなど演奏の身体性をエージェントの「群れ」に置き換えるスキルは、世界で有数なんじゃないかと思っています。このソフトウェアで音作ってる人間がそもそも自分だけなんで当然なんだけども。

 極端なやり方で作ると、創造された結果にそれが畳み込まれて、必ず特徴となって現れます。
今回は、上述のアプローチで、大きな展開はないんだけど、ずっと聴いていられるバランスを目指しました。
 
motsureを聴いて、そこを感じてもらえたら、僕はとても救われた気分になるでしょう。

[*]環世界(Umwelt) : 人間が世界を感じる時、視覚や耳、舌、手の触覚などが実は優位です。つまり全ての感覚が均等な訳ではありません。生物によって、この感覚の配分は様々です。例えば、まったく視覚がなく、嗅覚や振動の検知だけで生きている生き物、光や気体だけを感じる生き物などがいます。イルカ、鯨や蝙蝠などは、音を使って遠くを見通します。つまり、あなたが今感じるように時間や空間を捉えているのは人間だけで、種によってまったく違う時間や空間の感じ方、捉え方をしている、ということを生物学者ユクスキュルは提唱しました。


# 予測

 次、機会があれば二つ目のシングル、 ”bure”についてちょっとだけ書くかもしれません。こちらも
仕掛けのあるトラックなので。
 鋭い人は、上のトラックを聴くだけでそれに気づく人もいると思います。

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