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エッセイ・内省

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2022年4月の記事一覧

ポッケに手をつっこみ続ける理由

私はよくポケットに手をつっこんでいる。何をしているのかと言うと、大体ポケットの中に入れている無線イヤホンのケースやら、スマホやらキーケースやらをいじり続けている。要するに大変手が落ち着きがないのだ。 小さい頃から「転んだら危ないよ!」と注意をされたが、それでも負けじとポケットに手を入れ続けた。 だからポケットがないと落ち着かない。ポケットがない場合、リュックの肩紐をひたすら掴むか、ケツポッケに頑張って手をつっこんでいる。 これは、私の過去の愛着と人への恐怖、(性)愛に関す

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表現者のジレンマ

表現の自由で救われる人って多々いると思う。例えそれが一般的には受け入れられないものだとしても。 このあたりの話は、前職の同僚と会話をしたことがある。お互い酔っ払ってたのもあるが「俺達、神絵師に救われてるんだよ!!」と私が力説していた。居酒屋で。 例えば、LGBTQの細かなところ・ディープな話であったり、特殊な性的指向だったり、それらがあるからこそ理解が進むことも多々ある。 恐らく必要なのは、◯◯のテーマに関する表現は全てNG!!とするのではなく、一般的な広告で出ないように

へんてこで矛盾した「寂しさ」に関する命題

寂しさについて考えていた。そのきっかけはこの本だ。 私は、エラ・フランシス・サンダースさんの本が好きで、新刊が出るたびに買っていたのだが、今回は想像上にとてもシンプルな本だった。彼女のイラストと言葉と言葉でできている。 彼女は言葉を紡いでいて痛かったと言う。けれども絵を描いていて癒やされたと言う。 読んでいて特に好きなページがなんぼかあるのだが、中でも心の痛みについてもんやりと考えていた。 どんなときに痛みを感じるだろうか。 物理的に言うなら、転んだときや何かに体をぶつけ

"特別"という幻想

世の中、特別なことは存在しない。 特別な関係も、特別なできごとも、それらは幻想だ。ただ本人が特別だと思い込もうとしているに過ぎない。 過去の繋がりだとか、前世がだとか、そんな言葉も流行っているがそんなものは後付けだ。誰も証明をすることはできない。 ただ人間が「特別なんだ」と思い込みたいだけで、もっと大きな…そう、例えば宇宙規模で言えば何でもない日常に過ぎない。 けれども、人間は「特別」を多用してしまう。 私もそうで、「今週はがんばったから特別にいいお酒を買おう!」だとか、

"愛"について考える

愛について、何かと1年ないくらい考え続けている。他にも考えていることはあるが、全てこの"愛"と繋がっているような気がしている。 そもそもの考え始めたきっかけは2020年12月頃、エーリッヒ・フロムの『愛するということ』という書籍だ。 興味はあったが、直視するのがつらい時期が続いていたため、読んでみるかと重い腰をあげた。思った通り、自分の病んでいた時期に読んでいたら打ちのめされていたことだろうという内容だった。 実はきっかけになっていたのは数冊あって。 続いて、ヘンリー・