閉店した古書店は恩師でした。
※これは「知らない古書店が閉店しました。」を別視点から描いた”B面の物語”です。
A面の物語はコチラから。
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就職して最初の研修は、テレアポ100件だった。
「いま忙しいから」
「二度と電話してくるな」
ほとんどがそんな反応だった。
正直、笑っちゃうくらい辛かった。
早押しクイズならぬ、早切りデンワ。最速は、0.5秒もなかったと思う。「お忙しいところし...」で営業電話を察知してガチャっと無言で切られた。
僕だって営業電話がきたら疎ましいし、早く切りたいと思う。当然の反応だ。
しかし、これは研修であり仕事。やめるわけにはいかない。トークスクリプトと呼ばれる台本を見ながら、"ガチャ切り上等"の精神のもとリストの上から順に電話をかけまくる。
しばらく経ち、順調にメンタルもすり減って、受話器を自動で上げ下げするロボットと化した僕は、流れ作業を淡々とこなすように、ある一件の古書店に電話をかけた。
「お忙しいところ、失礼します。わたくし株式会社〇〇の〇〇と申します。本日は、……」
「ああ、そうか、そんな時期だねえ。あなた新入社員かい?」
おばあさんの声が聞こえてきた。
動揺した。
まだ一言しかしゃべっていないのに、見透かされてしまった。
「あ、あの、そうです、すみません…迷惑ですよね…すみません…」
受話器の向こう側は、少し笑っていた。
「いやいや、いいんだよ。この時期になると毎年、若い方から電話がきてねえ。色々なお話が聞けて私も楽しいのよ」
そんなことを言われたのは初めてだったので、
また動揺し、僕はスクリプトを無視して突っ走ってしまった。
あまりにもたどたどしい営業トーク。
おばあさんは、優しく、耳を傾けてくれた。
そして、意外な言葉をくれた。
「なんだかあなたの言葉は信じられるわ。一度お話聞いてみようかしら」
「えっ!本当ですか!」
スクリプトに書いてあったメリットを何も伝えられず、
話も上手くまとめられず、仕方なく聞いてくれてるんだろうなと、
心の中で落胆していたので、驚いた。
初めてのアポに興奮し、早口で日程を決め、お礼を言い、電話を切った。
こうして僕は、やっと、人生初めてのアポを獲得した。
あれから5年。
僕は、新卒研修の担当となった。
あの時と同じ、テレアポ100件。
テレアポの極意をさも自分が成功してきたかのように説明し、
「では早速、やってみよう!」と僕の合図で
みんな一斉に電話をかけ始めた。
新卒の中に、僕にそっくりの子を見つけた。
淡々と行動量をこなして、
一生懸命に電話をかけているが、
よくよく耳を立てると「すみません」ばかり言って
すぐ電話を切っている。
昔の自分と重なって、なんだか気になった。
研修2日目、ふと彼に目をやると、
珍しく顧客と話していた。
一生懸命にスクリプトを読み上げ、
サービスのメリット訴求に入ろうとしていた。
おお、頑張れ!
とエールを送った瞬間、彼はいつもより大きな声を出した。
「えっ、閉店するんですか!?」
群馬だから、、ええ、、、なるほど、、、
本を読む人も、、ええ、そうなんですね、、、
あの、、すみませんでした。。。
と結局いつものように謝っている。
端々に聞こえてくるキーワードから、
僕はハッとした。
もしかして…
思わず彼を凝視していたら、視線に気づいたのか、
ばつの悪そうな顔をし、
「あ、あのそれではお身体に気をつけて、お元気にしてください!」と慌てて電話を切っていた。
研修後、日報をチェックしながら、
僕は確信を得た。
「やっぱり」
彼が不自然に長くおしゃべりをしていたテレアポ先は、
僕が研修時代に電話したあの古書店だった。
後輩のコール結果コメントには
「アポ無し・来月閉店」と記載されていた。
そうか、閉店するのか。
5年前、電話口で優しく話を聞いてくれた
おばあさんの声が、急に恋しくなった。
僕はあのアポ獲得以降、
自分の言葉で会話することが大事だと気づき、
結果アポを量産し、営業部署へ配属された。
おばあさんとのたった3分の電話が、
僕の人生を変えてくれたのだ。
また話をしたい。何よりお礼を言いたい。
聞きたいこともまだまだある。
あの時は、アポが取れた嬉しさで何も聞けなかったから。
古書店を閉めたら、一体なにをはじめるのだろう。
僕はあれこれと想像を膨らませながら、
来年の研修リストからその古書店を削除し、
そっと自分の顧客ファイルに追加した。
※この物語はハンフィクションです。登場する人物・団体・名称等はA面ストーリーを受けた著者の妄想が入っており、実在のものとは半分くらい関係ありません。
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