『山羊』『校長』『手袋』

 全校集会の場で校長が山羊に食われてから数日、色々あったが秩序は回復しつつある。山羊頭の悪魔に食われたというならまだ理不尽ではありつつ筋は通っているが、普通の山羊に当たり前のように校長が食われたのだから先生たちの混乱は見物だった。
 校長は我が校の進学率を改善させるために様々な施策を行っており、そのおかげもあって進学できたのだから俺は悲しんでやるべきなのかもしれない。
 だが、苦悶の声を上げながら山羊に食われていく校長を見たとき、面白みの方が先立ってしまった。人が家畜に食われる光景は間違いなく悪夢だったし、冷静に考えれば秩序を取り戻しつつあることそのものが異常とさえ言える。
 ただ、何事も混乱しているよりは秩序立っていた方がいい。校長がどういう来歴で校長になったのかは知らないが、どうせいくらでも代わりが効く人物には違いない。現代日本において歯車ではない人間は存在しないのだから。学校は部品作りの工場で、非正規品の選別場だ。

「勇作、今週はお前の番」
「わりい、忘れてた」

 学級委員が手渡してきた手袋をはめて体育館へ向かう。そこには肥え太った山羊がいる。山羊の体調を調べるのは、畜産実習も兼ねて学生の役目になった。肩まであるビニール手袋越しに山羊の直腸を触診する。今日も特に不調なし。草食性動物が人肉を食っているのに消化不良の様子もないというのは違和感があったが、そういうものとして受け入れるのは難しい事ではなかった。
 山羊の肛門から手を引き抜く。ぬめった感触には未だ慣れないが、いずれ必要な経験を積めていると思えば悪くない。
 ふと視線を感じる。どこからだろうかと頭を振っても、ここには俺と山羊しかいない。なら視線の出所は山羊だろう。そう思って山羊の方を見ると、畜生が俺をじっと見つめていた。長い舌が俺の腕を捕らえ、口へと巻き込んでいく。山羊畜生の歯が俺の腕を噛み千切り、旨そうに咀嚼する。
 足が震える。痛みはもちろん、恐怖が全身を縛って動けない。それでもなんとか這って下がり、山羊は咀嚼を終えて悠々と俺に追いついてくる。足から反芻されていく俺の体を見て、校長もこんな気持ちだったのかなと思った。

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