星野古戦場

多分毎日三題噺を書くので、せっかくなら公開しようと思って作ったアカウントです。

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最近の記事

玉葱、大臣、カップ

 農務大臣を二番目に悩ませるのは、常に作物の不作であった。特にその年の冷害は酷く、冷害に強い玉ねぎ以外は全てが市場から消える有り様だ。市民たちは玉ねぎを食らえばよいが、玉ねぎを下賎な食品と呼んで嫌う貴族たちの胃を満たすのは難がある。   「スノッブ効果ですね。人と同じものを口にするのは嫌いだという子供のワガママです。それを通せるのは流石の権力ですが、そんな下らない理由で大臣の手を煩わせるのはよろしくない」    一番の悩みの種である、自称未来人がそう言った。彼はやや珍しい黒髪

    • 『浜』『師匠』『衝立』

      白浜と、この寺の庭を5往復せよ。衝立の前、師匠が告げた言葉はそれだった。   「はい」   一も二もなく応じた。そうしなければならなかった。師匠の住む寺と、種差は白浜の間には1里ある。5往復もすれば5里。無論、それが終われば仕事をしなければならない。日がな一日走っていられるわけもない。   最初は丑三つ時に出た。そうでもしなければ、明け六つの鐘に間に合わなかったから。疲れと眠さのあまり家業の最中に寝て、親父にどやされることも少なくなかった。見習いとはいえ宮大工だ。どやされると

      • 『ロバ』『王妃』『屑』

         王様の耳がロバの耳と知った床屋は、帰りしなに王妃から呼び止められた。 「お疲れ様です。早速ですが、夫の耳について知ってしまったとか」 「秘密とは、なんのことでしょう」  床屋はとぼけた。王より、耳に関して決して口外するなと誓った以上は彼の妻にさえも語ってはならないのだと彼は思っていた。 「とぼける必要はございませんのよ。私は夫と閨を共にしているのです。秘密を共にする同士ですもの、私の方も誰かに語りたくて仕方がないのです」 「申し訳ありません、全く心当たりがないのです」  床

        • 『火山』『隠れる』『暖炉』

          ヴェスヴィオ山が火を噴くと思った者はいなかった。 帝政華やかなりし紀元79年。ローマ帝国はイタリア、ナポリ近郊ヴェスヴィオ山の麓、ポンペイ。帝政以前に征服され、共和政ローマに編入していたその都市は、ナポリ湾から揚げられた荷物を首都ローマへと運ぶための沖仲司が集う商業都市として栄えていたのである。 その山がそこまで激しく火を噴くとは、誰も思っていなかった。 ハンニバルがローマ軍団を襲った頃に大きく火を噴いたが、それ以来は大した火を噴かず、剣闘士スパルタクスとその仲間たちが

          『斜陽』『乾物屋』『鉛筆』

          ダエーバイト帝国の斜陽期、ある種の乾物が帝国の裏に出回っていた。反乱と戦争で滅びた帝国である以上、斜陽期とは爛熟期に等しい。いずれにせよ、奴隷の苦役と闇の魔術で成立していたその帝国にとって、その乾物はなんということもない異物に過ぎなかった。   月が照らす夜、霧深い日。ダエーワの女、ロヴァタールは寝室にてその乾物に魅入られていた。乾物は彼女らダエーワにとって呪術の触媒となる。特に、より濃い呪いを纏った乾物は特上の触媒であった。未来においてユーラシアと名付けられる大陸、その頂点

          『斜陽』『乾物屋』『鉛筆』

          『花』『幽霊』『白墨』

          「幽霊の正体見たり枯れ尾花とは言いますが」   ここまではっきり見えたら枯れ尾花もないでしょう、と少年は言った。幽霊の女性は困ったように微笑んで、窓の外で浮いている。教室は2階で、日直の少年は授業終わりの放課後で黒板拭きや床掃きに勤しんでいたのである。   少年と幽霊は顔見知りだった。生まれついての霊感持ちである少年にとって幽霊はただでさえ親しいものなのだが、少年が悪霊に絡まれているところを助けた幽霊は、少年にとって恩人でもあった。だから、幽霊を見られることが何のアドバンテー

          『花』『幽霊』『白墨』

          『薬草』『一張羅』『縁台』

          老人は、すっかり呆けていた。元々は研究者だったが、その面影はどこにもない。40年前に流行っていた釣り師のような服装にハンチング帽で、息子が日曜大工で作り上げた縁台に座っている。トレーニングや散歩を日課にしていたために体こそ矍鑠としたものだったが、それを制御する脳の方はすっかり衰えていたのだった。 「父さん、今日は元気そうだね」 「俺はいつでも元気だよ、三郎」 三郎と呼ばれた太郎は、苦笑いするしかなかった。太郎にとっての弟であり、老人にとって三男である三郎は大した奴だった

          『薬草』『一張羅』『縁台』

          『胡瓜』『黒』『暗号』

          キュウリとワカメの酢の物が出る季節が今年も来た。それは母の十二番で、私の大嫌いな料理だった。ワカメのにちゃにちゃした食感も、塩揉みされてフニャフニャになったキュウリも私は大嫌いだった。その緑と黒のコントラストがどれだけ食欲を奪うことか!味はもちろん、見た目の面でも大嫌いなメニューだ。それを毎年毎年出されるのだから、私はすっかり夏が嫌いになっていた。 「体にいいんだから、出した分は食べなさい」 小皿に盛られた、三口は必要なキュウリとワカメ。それが出るたびに食事が嫌になってい

          『胡瓜』『黒』『暗号』

          『麦』『消える』『額』

          麦わら帽子の彼女と出会ったのは真冬の麦畑。冬蒔き小麦の播種が終わってすぐ、芽も出ていない畑は土ばかりが広がる殺風景。そんなところで白いワンピースと麦わら帽子、長い黒髪 ── 夏と青春を煮詰めたイデアのような恰好をしているのが、いやに目を引いた。 タケノコ狩りもそこそこに、畑の際に立つ彼女の方へと近寄って行ってしまう。今思うと、吸い寄せられていたのだと思う。 「ぽ」 近寄る度に、彼女の身長が異様に高い事を知覚してしまう。190cmある俺からしても見上げるほどに大きい。八尺

          『麦』『消える』『額』

          『昆虫』『女優』『手紙』

          あなたの友人、笠井康介より   拝啓   映画『蜘蛛は昆虫ではない』完成おめでとうございます。主演女優のお顔は今まで拝見したことがありませんでしたが、容姿はもとより演技力も非常に高いレベルで完成されており、魅了されてしまいました。   あなたが脚本術の本を読んだと言って一文概要を投げつけて来た時から、これは大きく伸びるか大批判を買うか、いずれにせよ世間の関心を買うに違いないと思ったのを今でも覚えています。   『結婚相談所で紹介された宇宙人は、そんじょそこらの男より魅力的な奴

          『昆虫』『女優』『手紙』

          『樹海』『悪魔』『染料』

          ここローマでは、古来より紫とは最高の権威を示す色である。抽出のために膨大な巻貝を必要とするその色は、貝そのものの希少性、工数から極めて高価。濃い紫に染めるためには大量の色素を必要とすることもあり、帝王紫やクレオパトラの紫とも呼ばれるのがパープルという色なのだ。 だが、今このローマでは、紫の価値が脅かされかねない噂が流れていた。 「北方大樹海には紫の染料がある」 「草の根を絞れば紫の色が出るんだと」 染色業者の誰もが馬鹿馬鹿しいと言った。紫の価値は皇帝の価値で、皇帝の価

          『樹海』『悪魔』『染料』

          『岬』『夢』『雨靴』

           海沿いでは雨があまり降らない。雨はむしろ山地で降るのだと知ったのは、さていつのことだったろうか。少なくとも、夢で見る当時は知らなかったに違いない。  珍しく雨が降っていた。雨合羽と雨がフォルテシモを奏で、雨靴と水たまりが即興の伴奏を加える。雨の音色は人のそれと違って自由かつ無軌道だ。それが、私自身が手を加えて初めて楽しい音となっていく。自らの手で奏でられる野生の音楽は、音楽室やピアノ教室での演奏とは違った喜びがあった。だから、水たまりを選んで帰った。  私の家は岬の方にあっ

          『岬』『夢』『雨靴』

          『泉』『戦』『荷札』

           泉を巡る戦は我々の敗北で終わった。なぜ泉を争っているのかというと、そこがこのあたりで唯一の、飲める水飲み場だったからだ。そこに女神がいるからだとか古代文明の産物があるからだとか様々な推定はされているが、それらは全て結果ありきの因果推定だった。つまるところ、俺たちが水を飲むためにはその泉を使うしかないという状況を追認するための。  耳に荷札付きのピアスを刺される。負けたからには商品にされるしかない。致し方ないことだった。なにせ飲める水は限られている。命の水を巡った争いに負け

          『泉』『戦』『荷札』

          『芝』『言葉』『台所』

           言葉を交わすのは面倒だ。だって言葉は心を取りこぼす。心の全てを伝え切れるほど言語というデバイスは出来がよくないし、取りこぼした心が相手に刺さることもしばしばだ。そうならないよう私なりに気を遣い続けるうちに、私はすっかり話すことに倦んでしまった。他人と関わるのは好きだけれど、それでも面倒さの方が勝ってしまう。私は鈍い臆病者だ。 「わう!」  ソファでまどろんでいると、飼っている柴犬が鳴き声を上げた。知らない人の匂いが気になるのだろう。初めてではないのにこの反応で、敏感なの

          『芝』『言葉』『台所』

          『麦』『髭』『かめ』

           男の前で波打つ黄金は血と汗でできていた。小麦畑である。畑を拓き、耕し、種を蒔き、地力を使い切っても実るか否かは五分と五分。加えて、実った小麦を奪いに来る卑しい不埒者の血も。味方敵方を問わず多くの血を受けた小麦畑は、豊潤に実ることで応えた。  男は小作人を呼び止め、彼が担いでいる甕に満ちた麦汁を舐めた。大地を濃縮したような滋味としか言えない味わいを舌先で感じて、男は頷いた。麦汁には大麦を使っているが、ビールにするなら大麦の方が良いことを突き止めるまでにも長い探求が行われた。

          『麦』『髭』『かめ』

          『夜』『言葉』『醤油』

           暗い夜は寄る辺なく、それを生き抜くには言葉が必要だ。朝になって日が昇るまでを慰め合うための。それは歌でもいいし詩でもいい。最上のものはやはり伽話の睦言である。体温は何より雄弁に物を語る。そこに快楽を囁く言葉が加われば、夜を耐えるには事足りる。身を割り開く肉竿に身を委ねることはやはり悦びであった。 「でも、ずっとこういう関係でいられるわけじゃないよね」  やることをやった後、これを囁くと彼は必ずビクリと身を竦ませる。散々やることをやっておいて結婚の申し込みもせず、かといっ

          『夜』『言葉』『醤油』