『夜』『言葉』『醤油』
暗い夜は寄る辺なく、それを生き抜くには言葉が必要だ。朝になって日が昇るまでを慰め合うための。それは歌でもいいし詩でもいい。最上のものはやはり伽話の睦言である。体温は何より雄弁に物を語る。そこに快楽を囁く言葉が加われば、夜を耐えるには事足りる。身を割り開く肉竿に身を委ねることはやはり悦びであった。
「でも、ずっとこういう関係でいられるわけじゃないよね」
やることをやった後、これを囁くと彼は必ずビクリと身を竦ませる。散々やることをやっておいて結婚の申し込みもせず、かといって私を貪るのをやめようともしない彼の態度はあまり良いものではないと思う。それでもまぐわいを許してしまっているのだから、私も大概正しくない。
彼は仕事の同僚で旅の道連れだ。故郷の森から逃げ出して冒険者として出発し、あえなく全滅しかけた時に彼に救われて今に至る。
私は後衛、彼は前衛。2人組でドラゴンさえも狩れるほどの実力ということで、割りの良さから名前も広く知れ渡っている。だから私は彼から離れられない。ネームバリューを手離しては食い扶持がなくなるからだ。
最初の交合は2年前。私から彼を誘ったのを覚えている。金銭的余裕はあったから寝室を別々に取ってあったのに、私は彼を部屋に誘い込んで酒を注いだ。仕事の打ち合わせと言ったけれど、酒を入れているのだから全ては口実に過ぎない。夜に灯火を得るためであり、彼を逃がさないための企てだった。それでも彼は全てを承知で私を貪ったのだ。
その関係が変わったのは、つい先日のこと。彼は毒の沼地から一輪の紅百合を持ち帰った。私の故郷では、それを贈る事が決別を意味する花だった。百合にしては珍しく土地を選ばず根付いて咲く事から力強さの象徴であり、それを抜いて贈ることは相手の断絶を祈る事を意味する。人間の貴族が手袋を投げつけるような、そういうニュアンスの花だった。
一瞬、喧嘩を売られているのかと思った。
ただ、紅百合贈りに込められた悪意は私の故郷でしか通用しない。彼はエルフにおける百合の意味を知らなかっただけらしい。後で話を聞いたところ、人間は百合の美しさから、愛やぬくもりの意味合いを込めて贈るということだった。森に籠って滅多に出てこないエルフの文化に彼が精通している筈もなく、彼に悪意がないことは仕草で知れた。その晩の交合は今までにないほど盛り上がったし、街に帰って報告をこなしてからも思う存分盛り合った。
今日も私は彼に貪られた。その力強い腕が夜の寒さを忘れさせてくれた。今までどこかにあった寒さはもう消えて、ただ熱ばかりがあったことを下腹に思い出す。
今日は昂ぶりすぎて眠れる気がしない。この部屋にはキッチンもあるから、彼に故郷の料理を作ってやろう。大豆で作る黒い調味料で大豆を煮しめるアペリティフの供。
きちんと思い出して、人に教えられるくらい慣れ親しんでおこう。いつか私と彼の間に出来る子にも、作り方を教えてやらなければならないのだから。