『犬』『下女』『ネジ』
犬が使えると思った。
私はネジ工場に勤める下女だ。詳しいことは知らないが、旋盤という機械を使うとネジができるらしい。ネジを何に使うのかも分からないから、私にとってこの工場は怪しい機械で怪しい物を作っている場所ということになる。
こんな所で働いていたら、いつか神罰が下るんじゃないかとビクビクしている。だから注意は散漫で、頻繁にミスをしてしまう。
「おい、シーツに洗い残しがあるぞ」
「今日もネジ屑を掃き忘れてるな」
「俺のズボンどこ行ったぁ?」
こんなミスは本当にしょっちゅうだが、こうしてズボンをどこかにやってしまうというのは致命的だった。下女の給金は安い、弁償を要求されようものならあっという間に生活ができなくなってしまう。
だから、犬を使おうと思った。この工場に詰めている人はそう多くないし、そもそも外部とのやり取りが存在しない。リネン室に行けばズボンは確実に見つかるはずなのだ。
「す、すみません。お探しするので、あなたの臭いをこの子に嗅がせてくれませんか」
ズボンの持ち主の匂いを嗅がせた飼い犬をリネン室に入れる。まだ洗濯が終わっていないズボンの山をひっくり返し、犬に次々と嗅がせていく。それらしい臭いを感じれば反応があるはずだ。
そう高を括っていたところ、半分ほどズボンの山を片付けても反応が無かった。焦る気持ちをよそにズボンの山は片付いていき、ついには最後の一枚になる。それを嗅がせても、反応はなかった。
終わりだ。あるいは、これが天罰だったのかもしれない。このままでは賠償請求で首が回らなくなるのは確実だろう。リネン室に籠る鉄と男の匂いに包まれながら、私は虚ろに笑う事しかできなかった。